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東大とか出ていてもカタカナ英語しか使わない人が多いのはなぜですか?

国際学会の発表に聞いていて思うのですが、
東大とか阪大などの有名国立大の教授とか、博士課程の学生で、
完璧なカタカナ英語を使う人が結構いるのですが、これは何を考えているのでしょうか?
英語が苦手、という感じではなくて、文法とか語彙に関しては勉強するけれども
リスニングとか発音の勉強を全くする気がないという感じが非常に伝わってくる発表がよくあります。

mechanicalをメカニコではなく、メカニカルと発音することに関しては、まだましですが、
I think thatを普通にアイシンクザットと発音しているのには、本当に英語の発音に興味がないんだなと感じました。

それで質問なのですが、こういう人たちってある意味、鬼畜米英の言語なんて絶対使うかよ、という強い意志のようなものが感じられて、これはこれでいいような気がするのですが、
単に、研究にしか興味がなく、英語自体には全く興味がないだけなのでしょうか?

それともっとも気になるのが、本当の正しい発音を知らずに、他の人の発表や、質疑応答での質問内容をどうやって聞き取っているのでしょうか?

A 回答 (8件)

私は英語で四苦八苦している科学者です。



昔、イギリスのとある片田舎を旅したとき、
そこに住む方々のキツイ田舎訛りを聞いて、思わず笑ってしまいました。
何に笑ったって、発音のことをことさらに気にしていた自分にです。
ああ、これなら学生の妙ちきりんな発音の方がマシだな・・・と。
まあそれでも全体的な雰囲気で何となく聞き取れるし、
不思議と会話にはなるんですけどね。
やっぱり言葉は生きているんだな、と感じさせられた瞬間でした。
また、アジアで母国語が英語の科学者とも話をしましたが、
「カタカナ英語」?よりもスゴイ英語でした。
でもその方の喋る内容は本当におもしろくて、
ネイティブの人もその人の喋りに聞き入っていました。
日本人で素晴らしい英語を喋るとネイティブの方に評価が高かったのは
なんといっても盛田昭夫さんと宮沢喜一さんですが、
彼らの英語は典型的な日本人英語でした。ネイティブの英語じゃありません。
でもアーミテージさんなんか宮沢喜一さんのことを
多少リップサービスもあったと思いますが「俺より英語が上手い」
なんて評価していたみたいですね。

さて、前置きが長くなってしまいましたが質問への回答です。
確かに自然科学系の学会で英語はツールとして位置づけられています。
特に国際学会ではいろんな国からいろんな母国語を持つ人が集まるので
何らかの共通言語がどうしても必要になってくるからです。
だから英語を母国語としない我々日本人は必死に英語を勉強します。
で、カタコトでもとりあえず通じる英語をマスターし、
とりあえず相手の丁寧な喋りは聞き取れる様になるわけです。
ネイティブの発表者もちゃんとした人ならばそれを踏まえて発表するので
いろんな母国語を持つ人達に通じる様な英語で喋る様に注意します。

> 単に、研究にしか興味がなく、英語自体には全く興味がないだけなのでしょうか?
「英語自体に全く興味が無い」というわけではありませんが、
英語の発音を磨くよりは、話す内容を磨く方に興味があります。
それでもネイティブの方と会話して通じなかったり、
あるいは発音を聞いて気がついたりしたときは
その都度矯正していくように努力はしていますが。

> それともっとも気になるのが、本当の正しい発音を知らずに、
> 他の人の発表や、質疑応答での質問内容をどうやって聞き取っているのでしょうか?
自分の発音が多少おかしくても相手の言葉は意外と聞き取れます。
一つは相手が多少配慮して喋ってくれるということもあるでしょうが、
自分の口から出る発音と頭の中の発音はあまり関係無いのでしょう。
ほぼ間違いなく先述のイギリスの田舎の人もアジアの母国語が英語の人も
普通にアメリカの大都市の人と会話が楽しめるのではないでしょうか。
もちろんお互いに多少相手の訛りに配慮する必要は出てくるでしょうが。

YURUEさんも田舎から出てきた相手の訛りがキツイからといって
「こいつはなんで標準語(関西弁でもいいです)を憶える気がないんだ?」
とは思わないでしょう。ましてやそれで、
相手の話は価値がないと決めつけたりはしないでしょう。
話す内容がおもしろければ訛りがきつくても話し上手と思いますし、
どんなに綺麗な標準語を喋っても、内容がつまらなければ
「こいつ話すのが下手だな」と思うのではないでしょうか。
そういう意味で、私個人としては「英語を磨く」というのは
「発音を磨く」よりも「内容を磨く」方が大事かな?
と感じつつ、英語を勉強しています。
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東大からちょっと離れますが、指揮者の小澤征爾さんがオーケストラの練習をしているテレビ番組を見てうなりました。

それこそ本当のカタカナ英語「だけ」しか話しません。でも世界一流で、ボストンシンフォニーだけではなく、欧州の最高のオーケストラの指揮に呼ばれるのです。
発音なんかどうでも良く、内容が全てです。
もちろん発音がきれいなら聞く方は楽ですが、学会なんか頭の良い、同じ分野の専門家が、ごく狭い領域の話しをしているので、カタカナ英語でも大して問題無いんです。
ただ、「話し下手」なのには我慢がならない人も居るらしく、朝永振一郎先生がアメリカで講演したとき、同席していたリチャード・ファインマン先生が講演を「奪って」しまったのは有名な話し。
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英語は、単にコミュニケーションの手段であって、それを極めること自体が目的では無いと思います。



私個人的には、I think thatを普通にアイシンクザットと発音していても
語彙が豊富で(発音以外は英語での)コミュニケーションは問題が無いという人は、
I think thatの発音が良くても、英語でのコミュニケーションができない人よりかなーーーーりいいと思います。

逆に、日本人は発音とか文法とか、先に形にこだわるから上達しないと私は思います。
他の国で英語がネイティブではない人たちの発音や文法は、日本人よりもヒドいですが、
コミュニケーションは取れているのです。

要するに「コミュニケーションができる」ことが重要なのではないでしょうか。

あと、知り合いの外国人などに聞いたのですが、
日本人が「あの日本人は綺麗な英語の発音だと思っている人」でも
それが外国人にとって聞き取りやすいかどうかはまた違う話だそうで。

私らはどうしたってネイティブになれないわけですから。
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わたし自身は語彙不足や運用力不足のほうに常に不安がつきまとい、発音はそこそこ苦労しないという、たぶんよくあるタイプですが、


東大の同期でやはり研究者になった者は、ものすごく努力家だし必要と感じているにもかかわらず発音ができないというタイプでした。

耳鼻科的な問題と脳機能の問題があるのではないかと思います。
質疑応答はスムーズにできているように思います。聞き取りも正確で表現力もあるように見えます。
発音を聞きとっているのに、発語する段階では障害があるという感じですね。
本人も悩んでいました。興味がないとか気乗りしないということはないと思います。身体的な欠陥のように感じているようです。
傍目には、音痴と関係があるような気がします。その彼は歌が不得意でした。

若いのに出来ないケースではこういう例もありますが、
老齢の場合は、発音を勉強する機会がないままけっこうカタカナ発音でうまくやり過ごしてきて、
いまさら不自由を感じておられないのかもしれません。
必要な機会も今より少なく、留学先での口頭試問に始まって、十年に一度くらいの国際会議で発表するだけかだったもしれません。
これではブラッシュアップする必要性にも駆られないですし。
親しい個人間で英語が通じる程度でも、これまでの日本国内では十分な研究生活を送れただろうと思います。
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東大に進学しても、英語を発音する機会が少ないからでしょう。


東大進学者が特別英会話の勉強をしている訳ではないですからね。
また、日本語でも標準語を理解できても方言を喋る人は珍しくないです。
つまり、正しい発音が分かっていても、発音の仕方が分からない、
もしくは考えながら話していると、そこまで気が回らないといったところでしょう。

私は、鬼畜米英だとか、研究や仕事にしか興味がないとかいう以前に、単に違う国の言葉としか思っていません。
上手く発音できればそれに越したことはないですが、何とかなっているので気にしていません。

ちなみにmechanicalはmechanicalでしかなく、メカニコもメカニカルも方言の一つでしかありません。
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世界共通語はブロークンイングリッシュなんで、別に相手に通じていて、相手の言っていることも理解できるなら、それで、まあ少なくとも学会活動という面では問題ないと思います。


もちろん、きれいな発音に越したことはないでしょうけど、発音は本人が直そうと思わない限り直りませんからね。(そして、本人的には、普通に通じているので直そうという気はおこらない)

>本当の正しい発音を知らずに、他の人の発表や、
>質疑応答での質問内容をどうやって聞き取っているのでしょうか?
#1さんも言っておられますが、これは実際のところ意外に聞き取れるんです。
それこそ、例えば、インド人とかイタリア人とか中国人とか、いわゆるアメリカ英語・イギリス英語とは全く違う発音で喋る人がほとんどですが、リスニング力がある程度ついてくると、かなり強い訛りがあってもけっこう聞き取れるんですよね。
英語という言語がよくできているからなのか、非ネイティブ同士だと簡単な単語しかでてこないから逆に聞き取りやすいのか。
実際に、これは多くの人が同意すると思いますが、聞き取るのが一番難しいのは、ネイティブ同士が喋っているのを横で聞いているときです。これが普通に聞き取れる人は相当にリスニング力があります。
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No.2の再訪です。



>ただ、どうしても分からないのは、相手の喋っている言語と自分の喋っている言語が、全く同じ言語を喋っているはずなのに、明らかにテンポ、リズム、イントネーションを通り越して、発音が全く異なっていれば、
違和感を覚えないものなのでしょうか?

覚えるでしょうが,英語はそういう地域バリエーションがある言語だと思います。ドイツ英語,フランス英語,インド英語,フィリピン英語,チングリッシュ,パングリッシュ・・・。ピジン・イングリッシュになると,お手上げですけどね 笑。

>というか、もし自分が大学の教授だとして、
>アイシンクザットとか、中学生レベル以下の発音で英語しか喋れなかったら、
>さすがに学生や他の教官にバカにされるのではないかと思って、冷や汗をかくと思うのですが・・
>そういった価値観がないというのはなぜなのでしょうか?

もし,じゃなくてぼくは本物のプロフェッサーなんですが(爆)。カタカナよりはましな英語で講義はできても,留学生,帰国子女,言語コミュニケーションが専門の日本人学生にくらべりゃ,歴然と下手です。でも,受講生はちゃんと聞いてくれます。内容があるからです。それに,下手な人のほうが,易しい単語や構文でゆっくりしゃべるので,理解しやすいんじゃないですか。

そりゃあ,ネイティヴのように流暢にしゃべれるほうが客観的には優れるでしょう。しかし,その方面の能力は個人的な限界にきていることを自覚していますし,実質的にもトレーニングしたところで費用対効果がないのです。
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これは,個人差がべらぼうにあるはなしです。

教育を受けた年代にもよりますし,外国の研究者とのつきあいの頻度にもよります。

発音がむちゃくちゃでも通じているわけですよね? それは,テクニカル・タームを連発すればどうにか通じる,プロフェッショナルだけが集う場だからです。また,定型的な応対の表現もあります。そういう約束の世界だから問題ないのです。

発音がむちゃくちゃでも,聞き取りは(上述の理由も加わって)できますし,書くとなれば第一線の論文も書けます。

以上のように,英語に対して何か思うところがあって,ということではありません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

本当に全て通じ合っているのか分かりませんが、一応質疑応答などはしっかりできていると思います。

ただ、どうしても分からないのは、相手の喋っている言語と自分の喋っている言語が、全く同じ言語を喋っているはずなのに、
明らかにテンポ、リズム、イントネーションを通り越して、発音が全く異なっていれば、
違和感を覚えないものなのでしょうか?

というか、もし自分が大学の教授だとして、
アイシンクザットとか、中学生レベル以下の発音で英語しか喋れなかったら、
さすがに学生や他の教官にバカにされるのではないかと思って、冷や汗をかくと思うのですが・・
そういった価値観がないというのはなぜなのでしょうか?

お礼日時:2010/05/16 15:06

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