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よく見かける格言なのですが、これの意味がいまいちわかりません。
どういう意味なのか、そして、文法的にどうしてそのような意味になるのかご説明いただければありがたいです。

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A 回答 (5件)

わたしなりの和訳を載せるまえに、文章の陰に隠れた部分を説明しておきます。

この文章が言いたいことは次のようなことです。

「ともすると、あなたは、人生ってのは退屈な日々の連続で、つまらない、何をやっても明日は変わらない、無意味なものだ、などと考えていませんか? そして、つまらないことにいらいらして、無駄な時間を過ごしていませんか? いえいえ、人生というのはあっという間に過ぎていくものなのです。ですから、一瞬一瞬がとても貴重で、取るに足らない、どうでもいい時間の連続ではないのですよ。人生ってのは little=not important ではありえないのです」

こんな感じが込められている文章です。文構造は、中学で習う too…to…ですから、やさしそうなのですが、むしろ little の語感がつかみにくいために日本人には分かりにくくなっているのだと思います。これは上記のとおり「取るに足らない、つまらない、どうでもいい」という語感があります。したがって、直訳すれば「人生は取るに足らない存在であるには短すぎる=人生はとても短いので、取るに足らないものではありえない」。分かりやすくいうなら、

       「人生は、あっという間に過ぎ去っていく、貴重な存在である」

ということです。

どんな文章の一節かはわかりませんが、おそらく前後に「つまらないことにとらわれず、もっと意味のあることに心血を注ぎ、一瞬一瞬を大切にしましょう」みたいなことが書いてあるはずです。(格言の出典はNo.4さんが書いておられるとおり、ディズレイリですが、これが引用されるときは、このような文脈で使われることが多いと思います。)
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この回答へのお礼

まとめてかかせていただきます。

意味は、思っていたとおりだったのですが、「人生は取るに足らない存在であるには短すぎる=人生はとても短いので、取るに足らないものではありえない」から「人生は、あっという間に過ぎ去っていく、貴重な存在である」への変化が難しいですね。しかし、わかりましたので、この問題、解決しました。

お礼日時:2003/11/29 21:56

ご質問にある格言は、Sir Benjamin Disraeli (英国, 1804-81) による "Enthusiasm (熱中すること)" についてのもので、以下の様に解釈されてはと存じます。



Life is too short to be little. Man is never so manly as when he feels deeply, acts boldly, and expresses himself with frankness and with fervour.
人生は小さく収まっているには短かすぎる。人間は、心の奥底で感じ、大胆に行動し、自分自信を率直に、熱意(熱情)をもって表現している時程人間らしくなれるものである。

"too short to be" とは「ナニナニするには短かすぎる」という事で、"be little" は「小さく収まる」という感じでよろしいでしょう。後文は、分かりやすく肯定文の様に訳せばよろしいでしょう。

なお、今日のアメリカ人ビジネス社会では、"little" は「小者(こもの)」といった意味で、大成していない人や、経営者でも中小の自営業(Entrepreneuerの類)で毎日苦しんでいる人々を自称他称の別なく表すことが多いです。

(例) A company like Microsoft doesn't care about little men like me..
(マイクロソフトの様な)大企業は、俺のような小者は相手にしねえからな。

+++++
なお、参考にした文献の出典は以下の通りです。

(1) http://www.spicyquotes.com/html/Benjamin_Disrael …
SpicyQuotes.com: Benjamin Disraeli (Quotes)
上文の引用があります。
(2) http://www.spartacus.schoolnet.co.uk/PRdisraeli. …
Spartacus Educational: Benjamin Disraeli(Biography)
伝記とその時代の英国の政治史が紹介されています。

+++++
以上
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「人生は短く、儚い」では?

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>Life is too short to be little.


[人生はくよくよして生きるには短すぎる]

http://www.cac-net.ne.jp/~akiko/info.htm

Life is too short.[人生は短すぎる]

too ~ to do
あまり~なので、doできない。
doするには~すぎる。

Life is too short (for us) to be little.

人生はbe littleでいるには短すぎる、と云う事だと思います。
littleの意味は、取るにたらない、ちっぽけな、つまらないといった意味ですが
参考URLではくよくよして生きるには、と訳されています。
be littleでつまらなくある、つまらない自分でいる、と訳してもいいのではないでしょうか。

他に適当な参考URLが見つかりませんでした。

参考URL:http://www.cac-net.ne.jp/~akiko/info.htm
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この回答へのお礼

>Life is too short (for us) to be little.
ちょっと気になったので――。
to be little の主語は、やはり life だと思います。

お礼日時:2003/11/29 22:02

そのまま訳せば、


「人生はくよくよして生きるには短すぎる」

「too~to○」の構文が、~すぎて○できないというのに沿って訳せば、

「人生なんて短すぎるんだから、くよくよしてる暇なんてない。」
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QLife is too shortの和訳

過去ログ(No. 717450)を読んでいて見つけた疑問なのですが、英文和訳で
何故その様な和訳になるのか解らない部分があります。ご教授願います。

質問文は「Life is too short to be little」ですが、ある回答者の方が、その文書に
続く言葉を補足して説明されていました。補足を加えた全文は以下の通りです。
「Life is too short to be little. Man is never so manly as when he feels deeply,
acts boldly, and express himself with frankness and with fervour.」
この和訳として以下の通り述べられています。
「人生は小さく収まっているには短かすぎる。人間は、心の奥底で感じ、大胆に
行動し、自分自信を率直に、熱意(熱情)をもって表現している時程人間らしくなれるものである。」

is never so manly asの訳ですが、否定文の訳しか思いつかないのですが、
回答者の方は肯定文で訳されています。もっとも、意味としては否定で訳したら全文の意味がおかしくなりますが、何故、回答者の方の訳になるのが解説をお願い致します。

因みにこの言葉は
Benjamin Disraeli (1804-81), English Statesman & Authorの警句のようです。

過去ログ(No. 717450)を読んでいて見つけた疑問なのですが、英文和訳で
何故その様な和訳になるのか解らない部分があります。ご教授願います。

質問文は「Life is too short to be little」ですが、ある回答者の方が、その文書に
続く言葉を補足して説明されていました。補足を加えた全文は以下の通りです。
「Life is too short to be little. Man is never so manly as when he feels deeply,
acts boldly, and express himself with frankness and with fervour.」
この和訳として以下の通り述べら...続きを読む

Aベストアンサー

 「人間は,心の奥底で感じ,大胆に行動し,自分自信を率直に,熱意をもって表現している時ほど,人間らしくなれることは決してない」というのが直訳です。
 これを言い換えると,「人間は,心の奥底で感じ,大胆に行動し,自分自信を率直に,熱意をもって表現している時には,最も人間らしくなることができる」となります。
 ご質問者が肯定の方が意味が合うとお感じになっているのは,後の訳し方を意識しているためだと思います。
 「~ほど~のことはない」という否定で訳しても同じ意味です。引用された回答の訳は,「時程」という日本語を「時には」と解釈できないこともないと思いますが,正直いうとこの2つの訳が混ざってしまっているようです。おそらく,どちらのパターンで訳すか,悩んでいて気づかぬうちに交差してしまったのでしょう。