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当か否か。 どうでしょう?

A 回答 (158件中141~150件)

汽笛さんへ


誤解されていますが質問者さん次第でこの不問な受け答えを終わらせることは出来ます
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ホント君は他人の迷惑考えない自己中な人だね


自己愛性人格障害者なら仕方が無いか
まぁそれはともかく普遍神を含め如何なる神も存在していない私が存在している世界において君の神論なんて廃棄物に変わりがないからね
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この回答へのお礼

未知数を x とおくかのように――ただし神は 未知ではなく《知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ》である《非知》なのですが―― 神を X なら X として 代理するシルシでまづ――想定じょう――しめせばよいのです。


そして 属性をまで――《真理》なり《愛》なり《全知全能》なりといった属性をまで――示すこともおこなわれますが 《かみ》やそれに相応する各言語の言葉はそれらも シルシだと言えます。その発音も文字もみな シルシなのです。

シルシで代理させたあと 《人知を超えたもの》を人知でどれだけ明らかにしてせまれるか。それが 哲学(このばあい 形而上学)の腕の見せ所です。




人知を超えたところのナゾは この経験世界としての相対性を超えており つまりは絶対性であるとまづ明らかにできます。あるいは 無限。

しかも絶対性というのは その相対世界を言わば包み込むと推し測られるのです。無限は 有限を難なくみづからの内におさめ得ます。

端的に言って 神は 人間なるわれを 覆っている。あるいは 突き抜けている。あるいは つねに・どこでも――言わば霊性(つまり ナゾ)として――われに・なれに・かれにやどっているとその推測は 伸びます。――論理的な瑕疵はありません。神は そのような可能性をまちがいなく持ちます。


ゆえに 人知を超えた神が 人知(感性の原野ないし思考の緑野)にあたかもハタラキカケて そのチカラや存在をおしえてくれる・・・かも知れないのです。おしえないかも知れないし そもそも神は いくらシルシでしめしたと言っても けっきょく《無い》ということかも知れない。――しかも これら推測したありさまのすべてで 同時に あり得ます。

これが――無限であり絶対性であり―― 認識じょう非知だという所以です。《知り得ないかも知れないが 同時に 知り得るかも知れない》のです。

しかも 《知り得たと思ったことが――それは やはりシルシをとおしてなのだから―― 神そのものであるとは言い難い》し 《知り得ないとさとったと言っても その〈神の不在〉を知り得たことが 神本体なる姿を見せたとも言い難い》。これら両側面は しかも同時に成り立つのです。同時に成り立つのでなくては 神の代理認識ではありません。

――このように神について 人知がせまってゆけるのです。

お礼日時:2020/10/27 13:13

汽笛さんへ


質問者さんはとことんやり合いたいそうですから。とことんやり合うことになりました
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ホント君は他人の迷惑考えない自己中な人だね


自己愛性人格障害者なら仕方が無いか
まぁそれはともかく普遍神を含め如何なる神も存在していない私が存在している世界において君の神論なんて廃棄物に変わりがないからね
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この回答へのお礼

未知数を x とおくかのように――ただし神は 未知ではなく《知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ》である《非知》なのですが―― 神を X なら X として 代理するシルシでまづ――想定じょう――しめせばよいのです。


そして 属性をまで――《真理》なり《愛》なり《全知全能》なりといった属性をまで――示すこともおこなわれますが 《かみ》やそれに相応する各言語の言葉はそれらも シルシだと言えます。その発音も文字もみな シルシなのです。

シルシで代理させたあと 《人知を超えたもの》を人知でどれだけ明らかにしてせまれるか。それが 哲学(このばあい 形而上学)の腕の見せ所です。




人知を超えたところのナゾは この経験世界としての相対性を超えており つまりは絶対性であるとまづ明らかにできます。あるいは 無限。

しかも絶対性というのは その相対世界を言わば包み込むと推し測られるのです。無限は 有限を難なくみづからの内におさめ得ます。

端的に言って 神は 人間なるわれを 覆っている。あるいは 突き抜けている。あるいは つねに・どこでも――言わば霊性(つまり ナゾ)として――われに・なれに・かれにやどっているとその推測は 伸びます。――論理的な瑕疵はありません。神は そのような可能性をまちがいなく持ちます。


ゆえに 人知を超えた神が 人知(感性の原野ないし思考の緑野)にあたかもハタラキカケて そのチカラや存在をおしえてくれる・・・かも知れないのです。おしえないかも知れないし そもそも神は いくらシルシでしめしたと言っても けっきょく《無い》ということかも知れない。――しかも これら推測したありさまのすべてで 同時に あり得ます。

これが――無限であり絶対性であり―― 認識じょう非知だという所以です。《知り得ないかも知れないが 同時に 知り得るかも知れない》のです。

しかも 《知り得たと思ったことが――それは やはりシルシをとおしてなのだから―― 神そのものであるとは言い難い》し 《知り得ないとさとったと言っても その〈神の不在〉を知り得たことが 神本体なる姿を見せたとも言い難い》。これら両側面は しかも同時に成り立つのです。同時に成り立つのでなくては 神の代理認識ではありません。

――このように神について 人知がせまってゆけるのです。

お礼日時:2020/10/27 13:23

ホント君は他人の迷惑考えない自己中な人だね


自己愛性人格障害者なら仕方が無いか
まぁそれはともかく普遍神を含め如何なる神も存在していない私が存在している世界において君の神論なんて廃棄物に変わりがないからね
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この回答へのお礼

未知数を x とおくかのように――ただし神は 未知ではなく《知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ》である《非知》なのですが―― 神を X なら X として 代理するシルシでまづ――想定じょう――しめせばよいのです。


そして 属性をまで――《真理》なり《愛》なり《全知全能》なりといった属性をまで――示すこともおこなわれますが 《かみ》やそれに相応する各言語の言葉はそれらも シルシだと言えます。その発音も文字もみな シルシなのです。

シルシで代理させたあと 《人知を超えたもの》を人知でどれだけ明らかにしてせまれるか。それが 哲学(このばあい 形而上学)の腕の見せ所です。




人知を超えたところのナゾは この経験世界としての相対性を超えており つまりは絶対性であるとまづ明らかにできます。あるいは 無限。

しかも絶対性というのは その相対世界を言わば包み込むと推し測られるのです。無限は 有限を難なくみづからの内におさめ得ます。

端的に言って 神は 人間なるわれを 覆っている。あるいは 突き抜けている。あるいは つねに・どこでも――言わば霊性(つまり ナゾ)として――われに・なれに・かれにやどっているとその推測は 伸びます。――論理的な瑕疵はありません。神は そのような可能性をまちがいなく持ちます。


ゆえに 人知を超えた神が 人知(感性の原野ないし思考の緑野)にあたかもハタラキカケて そのチカラや存在をおしえてくれる・・・かも知れないのです。おしえないかも知れないし そもそも神は いくらシルシでしめしたと言っても けっきょく《無い》ということかも知れない。――しかも これら推測したありさまのすべてで 同時に あり得ます。

これが――無限であり絶対性であり―― 認識じょう非知だという所以です。《知り得ないかも知れないが 同時に 知り得るかも知れない》のです。

しかも 《知り得たと思ったことが――それは やはりシルシをとおしてなのだから―― 神そのものであるとは言い難い》し 《知り得ないとさとったと言っても その〈神の不在〉を知り得たことが 神本体なる姿を見せたとも言い難い》。これら両側面は しかも同時に成り立つのです。同時に成り立つのでなくては 神の代理認識ではありません。

――このように神について 人知がせまってゆけるのです。

お礼日時:2020/10/27 13:27

ホント君は他人の迷惑考えない自己中な人だね


自己愛性人格障害者なら仕方が無いか
まぁそれはともかく普遍神を含め如何なる神も存在していない私が存在している世界において君の神論なんて廃棄物に変わりがないからね
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ホント君は他人の迷惑考えない自己中な人だね


自己愛性人格障害者なら仕方が無いか
まぁそれはともかく普遍神を含め如何なる神も存在していない私が存在している世界において君の神論なんて廃棄物に変わりがないからね
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この回答へのお礼

未知数を x とおくかのように――ただし神は 未知ではなく《知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ》である《非知》なのですが―― 神を X なら X として 代理するシルシでまづ――想定じょう――しめせばよいのです。


そして 属性をまで――《真理》なり《愛》なり《全知全能》なりといった属性をまで――示すこともおこなわれますが 《かみ》やそれに相応する各言語の言葉はそれらも シルシだと言えます。その発音も文字もみな シルシなのです。

シルシで代理させたあと 《人知を超えたもの》を人知でどれだけ明らかにしてせまれるか。それが 哲学(このばあい 形而上学)の腕の見せ所です。




人知を超えたところのナゾは この経験世界としての相対性を超えており つまりは絶対性であるとまづ明らかにできます。あるいは 無限。

しかも絶対性というのは その相対世界を言わば包み込むと推し測られるのです。無限は 有限を難なくみづからの内におさめ得ます。

端的に言って 神は 人間なるわれを 覆っている。あるいは 突き抜けている。あるいは つねに・どこでも――言わば霊性(つまり ナゾ)として――われに・なれに・かれにやどっているとその推測は 伸びます。――論理的な瑕疵はありません。神は そのような可能性をまちがいなく持ちます。


ゆえに 人知を超えた神が 人知(感性の原野ないし思考の緑野)にあたかもハタラキカケて そのチカラや存在をおしえてくれる・・・かも知れないのです。おしえないかも知れないし そもそも神は いくらシルシでしめしたと言っても けっきょく《無い》ということかも知れない。――しかも これら推測したありさまのすべてで 同時に あり得ます。

これが――無限であり絶対性であり―― 認識じょう非知だという所以です。《知り得ないかも知れないが 同時に 知り得るかも知れない》のです。

しかも 《知り得たと思ったことが――それは やはりシルシをとおしてなのだから―― 神そのものであるとは言い難い》し 《知り得ないとさとったと言っても その〈神の不在〉を知り得たことが 神本体なる姿を見せたとも言い難い》。これら両側面は しかも同時に成り立つのです。同時に成り立つのでなくては 神の代理認識ではありません。

――このように神について 人知がせまってゆけるのです。

お礼日時:2020/10/27 13:34

ホント君は他人の迷惑考えない自己中な人だね


自己愛性人格障害者なら仕方が無いか
まぁそれはともかく普遍神を含め如何なる神も存在していない私が存在している世界において君の神論なんて廃棄物に変わりがないからね
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ムカリンさんは「覚悟」したようですね。



こうなれば、ブラジュロンヌさんが閉めねばなりません。

コロナ禍時代を、生き抜けねばならない人々、、に思いやりを!
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この回答へのお礼

えっ? 
★ 「覚悟」した
☆ のでしたら もう放っておけば――するにまかせれば―― いいのでは?




ええっと。そうですね。もう――同じ内容の投稿なんですから―― ほうっておきます。応答なしで応答します。どこまでも。

お礼日時:2020/10/27 21:09

応答なしならこれでフィニッシュ


質問者さんの神論はあくまで「質問者さんが見ている世界」・「質問者にとって質問者さんが存在している世界」で言えること 
少なくとも「如何なる神も存在しない」と言ってる人達には通じない話
何故なら「如何なる神も存在していなと言ってる人達の見ている世界・存在している世界」には「普遍神を含め如何なる神も完全に存在しない」からです  
それは私も同じです 
よって質問者さんの神論は「何らかの神が存在していると考えている人達」にすべきです
私同様「普遍神も含め如何なる神も完全に存在していない世界」に存在している人達にはすべきではないでしょう
少なくとも私には不用品でしかありません
これにて終了予定
なお神論を必要に返答するなら
終了撤回となります
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