電子書籍の厳選無料作品が豊富!

12月8日より前に、ローズベルト大統領とその周辺は、真珠湾攻撃の兆候をつかんでいたのではないですか?

A 回答 (6件)

可能性のひとつとして報告は上がっていたようですね。

ただし上位ではない。大艦隊が誰にも見つからずに太平洋を横断してハワイに侵攻する可能性は大きくないです。それに陸軍のフィリピン侵攻部隊の船団の動きをアメリカは掴んでいました。まさか日本のような小国が二正面作戦をするはずもないというこことで、ハワイ方面の警戒順位が低いのは当たり前のことだったのではないでしょうか。
 なお、艦隊が択捉島の単冠湾に集結したのは攻撃の2週間も前ですが、島民が3000人くらいしか住んでいない孤島。単冠湾にも小さな漁村があるだけで、アメリカ人は住んでいませんので集結基地としては適していたんでしょうね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

大変詳しく教えていただき、みなさん、ありがとうございました!

お礼日時:2025/03/25 08:54

山下奉文中将指揮下の第25軍3個師団を乗せた大輸送船団が、ベトナムとマレー半島方面に向かっていた。


さすがにこの動きは隠しようが無く、米側も警戒はしていたが、ベトナムへの増援部隊という可能性もあったことと、米軍はフィリピンにB17重爆撃機部隊を含む300機ほどの強力な空軍を配置していたので、マレー・シンガポールの英軍と併せれば何とか対応可能と踏んでいた。

また、真珠湾攻撃作戦は、随分前から山本五十六の連合艦隊司令部がその作戦を主張していたことは米側も掴んでいたものの、12/8前の段階では、日本海軍の主力空母の動きを把握できていなかった。
それよりも、注目がマレー方面に向かう謎の大船団に集まっていたと言ったほうが正しいだろう。
※当時の常識として、小さな空母艦載機の攻撃で巨大戦艦が撃沈されるはずはないと思われていたこともある。

兆候は兆候として把握していたとしても、日本人を見下していたことが真珠湾奇襲作戦の成功と、フィリピンの米空軍300機が台湾南部から飛び立った日本軍機500機の攻撃で壊滅させられてしまうという惨状を生んでしまったということでしょうか。
    • good
    • 0

31代大統領フーバーは、ルーズベルトはあの攻撃を


知っていた、という書見を残しています。
    • good
    • 0

>12月8日より前に、


その通り。真珠湾攻撃は日本と日付変更線を挟んだ地点で、現地時間は12月7日日曜日です。12月8日より前です。というのはさておき。

 ルーズベルトが攻撃を誘ったという陰謀論を別にして、間違いなく攻撃をキャッチしていたのは、
次のwikiの「「帝国政府ノ対米通牒覚書」の遅れを巡る問題」の項目に記載されているとおり。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0 …

真珠湾が攻撃されるという情報は、現地時間12月6日午前中に日本大使館に届いた内容がアメリカに解読され、それが国務長官コーデル・ハルと大統領に届けられた段階ではないですか。

 映画「トラ、トラ、トラ」
コーデル・ハルが野村大使と面会するシーン。彼は事の市には日本側が持参する文書の内容も知っていて、知らないふりをして対応してるんですね。
    • good
    • 0

まあ、数日前に北海道付近に艦隊が集まっていますからね。

アメリカ人が近くに居ればバレそうです。
    • good
    • 0

日本の外交暗号「パープル」は、1940年9月20日に米陸軍の暗号解読組織によって解読され、その方法は後に英国情報機関にも伝授されている。

この暗号解読の成果によって、ローズヴェルトは事前に日本との戦争を確信するに至った。ただし日本海軍は外務省に具体的な攻撃時期や目標を伝えていないので、いくら外交暗号を解けたとしても、肝心の「真珠湾」という言葉はどこにも出てこない。この時、ローズヴェルト自身も具体的な地名としては「インドシナ」としか発言していないことから、日本軍の攻撃目標は東南アジアだと考えていた可能性が高い。
    • good
    • 1

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A