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古文の問題です。つぎの文章があります。

力衰えへて分を知ら「ざれば」、病を受く。
(体力が落ちて限界をわきまえないと病気になる。)

問題は知らざればの「ざれば」の箇所です。
打ち消しの助動詞は本活用( ず ず ず ぬ ね 〇)とザリ活用があり、
下が助動詞の場合本活用ではなくザリ活用(ざら ざり 〇 ざる ざれ ざれ)と
なります(例 ざりけり)。
ざればの「ば」は助詞なので基本は「ざれば」ではなく「知らねば」となる
はずですが教科書の例文では「知らざれば」となっており?です。
どなたか教えてください。

A 回答 (3件)


《接続助詞》《接続》
活用語の未然形、已然形に付く。
未然形に付く場合。〔順接の仮定条件〕…たら。…なら。…ならば。
【学研古語辞典】

で、動詞「知る」の未然形「知ら」に「ず」が続き、助動詞「あり」の未然形「あら」が続き、「知らずあれば」となり、「ずあ」の音が熟合し「ざ」となり「知らざれば」となったものです。

「ざり」は音の熟合で本来の活用ではありません。「知らずば」とは続けられないので、ラ変肯定判断辞「あり」の活用を利用し接続しているということです。

已然形接続ではないということです。■
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ご提示の文の出典が分かりませんが、どちらも古文には出てきます。



この問題は過去にもありました。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/3650139.html

万葉集から鎌倉時代の徒然草には次の用例があります。
https://kobun.weblio.jp/content/%E3%81%AD%E3%81%B0
また平安時代の源氏物語 蜻蛉には以下の例もあります。「人木石(ぼくせき)にあらざれば、みな情(なさけ)あり」[訳] 人は木や石のような非情のものでないのでみな情がある。
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「知らざれば」における「ざれば」は、確かに助動詞「ざり」(ザリ活用)を基にしています。

これは古文での否定形を形成する際に使用される助動詞です。しかし、この助動詞「ざり」は古典文学においては「ば」を伴って使われることがあります。

「知らざれば」は、「知らざり + ば」と解釈され、否定の条件を表す古文の表現です。このような表現は、ある条件が成立しない場合に何かが起こることを示すために使用されます。

したがって、「力衰えへて分を知らざれば、病を受く。」という文は、体力が衰えて限界をわきまえない場合、病気になるという意味です。古文の文法や表現は複雑で、文脈によって微妙なニュアンスの違いが生じることがありますが、この表現は一般的な古文のルールに則っています。
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