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学部生の自分が言うのもなんですが、修士論文はだいたい通りますよね?公聴会を聞いていても本当にこれが修士論文かと思うほど内容が薄いものもあります。博士論文の審査は厳しく、3年で博士号を取れるのは理系は4割ぐらいらしいです。
 修士論文の審査を厳しくしたほうが論文のレベル維持のためにいいと思うのは僕だけでしょうか?明らかに修士論文に達していないのは受理しないとか考えたほうがいいと思います。そうすることで企業に就職して研究職につく際も修士号の価値が出てくると思います。僕の考えはおかしいでしょうか?

A 回答 (6件)

自分もまだ学部生ですが、同様の考えをもったことがあります。


自分は文学専攻ですが、MからDに進学する人は、現在の大学では
各学年多くて二人とか、そんなものです。
正直、二年間のモラトリアムをゲットするために来る人が多いです。
修論審査を厳しくしてしまうと、そういう人たちはいつまでたっても
修了できないですし、先生たちはそういう学生には早く出て行って
ほしいと思っているのがはっきりとみてわかります。
そういった状況を見ていて、論文審査を甘くせざえるをえないのかな…
と思うようになりました。

確かに、レベルの低い院生ばっかり増やして、
学部生が聞いていてもお粗末な論文で修了させてしまうのは
問題ですし、大学院の重点化というのはただ単に院生の人数を
増やして、修了者を増やすだけではないだろうと
ここ一年ぐらい考えてしまうことがあります。
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修士学生2年生です。



上の方もおっしゃっているとおり、修士学生の2年間では学べることが少なすぎます。
私の場合などは、数百人で行う実験プロジェクトにの下っ端にいるために、2年間では上司(助手など)の手伝い的な研究を行うぐらいしかできません。研究の規模がでかすぎるので、会社に属しているサラリーマンと変わらない気分ですね。
しかも細かい仕事も腐るほど(データー整理用のプログラム作り、実験監視のシフト、CAD図のチェック等など・・・)あります。そして、大体こういう仕事は学生に振られたりします。とても研究とは思えない仕事まで振られ、「給料くれよ!」と叫びたくなりますね。
私の研究室では『研究』のことをもう『仕事』と言っています。

修士学生はたいした研究をしないor上から研究テーマ与えられるだけが大体ですが、ただ、研究するに当たっての必要な基礎スキルがつくと思います。プログラミングとかオシロスコープなどを扱う電子工作技術とか、論文など報告書の作成、linux pcについての知識、などなど・・・・。修士過程には『そういった基礎的なスキルを習得する下積みが修了した』というぐらいの意義があればいいと思います。

なので、論文の内容より『基礎的スキルを必要とする研究室の仕事をきちんとやれたか』を評価するだけでいいんでは? と私は思います。

もちろん、『博士課程に行く修士学生』は、将来のアカデミックキャリアが懸かっているので修士からガンガン研究するべきでしょう。
しかし、『就職していく修士学生』はそこまで専門的な研究をしても将来あまり役に立たない。なので基本的なスキルが身につくだけのほうがいい。
研究室的にも、レベルの高い研究はしないけど、研究室の面倒な仕事をたくさんこなしくれる『就職していく修士学生』は便利な存在。
この二つはwin-win関係なのかなぁと思わなくもないです。

国公立か私立か、あと専攻によって少し考え方が違うと思いますが、大体こんな理由で修士号を出しているのではないでしょうか?
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大学教員です.


博士課程を持っているような大学では,博士課程のみが本物の学位であり,修士はゴミとは言いませんが,そんなにもったいぶって授与するようなものではないという意識があります.
そのせいでは?
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たかだか2年程度では、そもそもそんなにレベルの高い論文など書けなくて当たり前、という前提があるのでしょう。


教授やD生の下請けみたいな手伝い仕事も多いですし、まだまだ研究より勉強の比率が高いM生にそんなに高い要求をするのは無理ですよ。学部生が院に入ったからといって、急にレベルが上がるわけではないのですから。19歳364日の人と20歳の誕生日を迎えた人、本質的にほとんど何も変わっていないのと同じようなものかと。
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はっきりわかりませんが、就職させるのが目的なのが多いのではないでしょうか。

そのまま博士課程まで行く学生は少ない。そうなると、審査をきびしくすれば、それだけ指導教官の負担が増えます。

言葉は悪いですが、適当に通せば簡単です。

某有名私立大学院では、M2の9月にテーマ変更してもいいそうです。
そんな時期にテーマを変更してまともな修論が書けるはずがありません。
しかし、それを許容しているということはそのレベルだ、ということです。

就職に力をいれ、修士論文は適当でいい、とはっきり言われたそうです。
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私もそういう考えでした。


実際、修士2年のときに、修士論文の研究が思うように進んでおらず、指導教授に、今年の修士論文発表は見送り、もう1年頑張って、ちゃんと結果を残してから卒業(修了)したい、と申し出たことがありました。ですが指導教授に、出来たところまでを論文にまとめて発表すればいい、落ちたらその時に後のことを考えればいい、と諭されました。結果的に2年で出ることが出来たのですが、指導教授は端から不合格にする予定は無かったようです。就職先の内定が決まっていたので、就職先企業に対する学校の立場としては、予定通りに人材を送り出すべきだと言う判断だったと考えられます。

※ その後予定通り就職し、研究内容とは若干方向性が異なる、ソフトウェア開発部門に配属されたため、幸か不幸か、修士論文の不出来がその後問題になることはありませんでした。
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