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いつもお世話になっています。
A.Waleyの『TALE OF GENJI』(帚木 The Broom-Tree)から
わからないところと訳の間違っているところを教えていただければと思います。

1)

『He paused, seeming to be slightly ashamed of the cynical tone which he had adopted, and added, ”I know my experience is not large, but that is the conclusion I have come to so far.”

●彼(頭中将)はちょっと休止した。彼が選んだ皮肉な口調をわずかに恥じているように見えて、そして付け加えた。「私は私の経験は多いのではなく、それは私がこれまでに至ってきた結果だと理解しています。」・・・・・?

I have come to so far・・・・ここのcomeの意味がよくわかりませんでした。 come to~で「~に至る」というのがあったのでそれを使いました。

not large, but~・・・not A but Bの構文ですか?

but that is the~・・・thatは「my experience」ですか?

2)

『Then Genji, smiling: ”And are there any who lack even one accomplishment?” ”No doubt, but in such a case it is unlikely that anyone would be successfully decoyed. The number of those who have nothing to recommend them and of those in whom nothing but good can be found is probably equal. 』

●それから源氏は笑って、「それで一つの教養さえ欠いている誰かがいるのですか?」「疑いもなく、しかしそんな場合誰もが首尾よくおびきよせられるであろう事はありそうもないことです。彼らを魅力的にすることが何もないそれらの人の数と、長所の他は何も見出されることができないそれらの人の数は多分同じです。・・・・・・?

Andは意味がたくさんあって、はまる訳がよくわかりませんでしたが(当然の帰結・成り行きを示す)「それで」にしました。

but in such a case it is~・・・such a caseは「 it is a case that there are some who lack even one accomplishment.」ですか?

recommend them・・・・彼らを魅力的にする?

good・・・・長所?

The number of those who have nothing to recommend them and of those in whom nothing but~・・・最初は「who」で後ろが「whom」を使っている理由は何ですか?「in」が入っているのもよくわかりません。

3)

『 I divide women into three classes. Those of high rank and birth are made such a fuss of and their weak points are so completely concealed that we are certain to be told that they are paragons.』


●私は女性たちを三つの階級に分けます。高い階級と生まれのそれらの人たちはとても大騒ぎをされ、そして彼らの弱点はすっかり隠されているので私たちが彼らが非常に優秀な人だということを話されることになっているのは確かです。・・・・・?

Those of high rank and birth are made such a fuss of ・・・・・ここは「of」の後に何か省略されているのでしょうか?such a fuss of high rank and birth?

suchは「大変な」、「とても」でしょうか?

we are certain to be told that they are paragons・・・・・be+to不定詞で「予定」の用法と考え、「~ということになっている」、としました。

ランク付けをするのは昔も今も変わらないようですが。

よろしくお願い致します。

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A 回答 (2件)

今日は。

いつもたいへん丁寧なお礼をありがとうございます。前に申し上げたことをよく覚えられているのには感心もし、羨ましくもあります。『博士の愛した数式』なみの記憶力の私としましては...
 今回のものを拝見して、関係代名詞が少し弱点のような印象を持ちました。文法書で復習なさるといいかと思います。

1)『He paused, seeming to be slightly ashamed of the cynical tone which he had adopted, and added, ”I know my experience is not large, but that is the conclusion I have come to so far.”
>彼(頭中将)はちょっと休止した。彼が選んだ皮肉な口調をわずかに恥じているように見えて、そして付け加えた。「私は私の経験は多いのではなく、それは私がこれまでに至ってきた結果だと理解しています。」・・・・・?

● not … but の勇み足以外、完璧です。

>I have come to so far・・・・ここのcomeの意味がよくわかりませんでした。 come to~で「~に至る」というのがあったのでそれを使いました。

● so far は副詞ですので抜いて考えますと、That is the conclusion【that】I have come to という文章です。that I have come to は関係代名詞節(=形容詞)で、conclusionを修飾しています。that =the conclusion です。このthe conclusionを関係代名詞節の適当なところに戻せば、文に戻るのです。当然、I have come to the conclusion. ですね。
 関係代名詞節の作り方は次のようです。条件が1つあり、2文中、同一語があれば、一方を関係代名詞節化することができます。たとえば

 A: That is the conclusion.(それが結論です)
 B: I have come to the conclusion. (私はその結論にたどり着きました)

 であれば、どちらも the conclusion を含みますので、B を関係代名詞節化することができます。手順は
 1)Bの the conclusion はモノで目的格だから、that(または which)にかえる。
   ⇒ B: I have come to that
 2)関係代名詞を文頭に出す。これによって関係代名詞節化すなわち形容詞化が完成します。
   ⇒ B: that I have come to
 3)出来た関係代名詞節を、A の修飾したい名詞の直後に置く。これで完成です。
   ⇒ That is the conclusion that I have come to.(それが私がたどり着いた結論です。)
 4)目的格の関係代名詞は省略できるというルールがありますので、省略してもいいです。
   ⇒ That is the conclusion I have come to.

>not large, but~・・・not A but Bの構文ですか?

●not A but Bの構文の場合は、BにAに対応するような言葉が来るはずです。This is not large but pretty small. のように。この場合はそうではないので、「しかし」の but です。

>but that is the~・・・thatは「my experience」ですか?

●上述しましたように、that は「それが」です。「それ」=「よく試してみると大体失望すること」です。前文の内容を受けます。(こういう「内容」を受けるときは、it は使えません。)

2)『Then Genji, smiling: ”And are there any who lack even one accomplishment?” ”No doubt, but in such a case it is unlikely that anyone would be successfully decoyed. The number of those who have nothing to recommend them and of those in whom nothing but good can be found is probably equal. 』
>それから源氏は笑って、「それで一つの教養さえ欠いている誰かがいるのですか?」「疑いもなく、しかしそんな場合誰もが首尾よくおびきよせられるであろう事はありそうもないことです。彼らを魅力的にすることが何もないそれらの人の数と、長所の他は何も見出されることができないそれらの人の数は多分同じです。・・・・・・?

●完璧です。

>Andは意味がたくさんあって、はまる訳がよくわかりませんでしたが(当然の帰結・成り行きを示す)「それで」にしました。

●単純接続ではないでしょうか。頭中将は思わせぶりな自説を開陳しているわけで、本来なら、… and I found … みたいに続けるべきところですね。その and を源氏が引き取って、「で、~というわけですかね?」のように聞いているのです。

>but in such a case it is~・・・such a caseは「 it is a case that there are some who lack even one accomplishment.」ですか?

●とてもいいです。case はよく関係副詞 where を伴いますので、in a case where there are any who lack even one accomplishment と書き換えられます。

>recommend them・・・・彼らを魅力的にする?

●recommend は、「(性質が)人を好評にする」という意味です。

>good・・・・長所?

●その通りです。ここでは名詞として使われています。

>The number of those who have nothing to recommend them and of those in whom nothing but~・・・最初は「who」で後ろが「whom」を使っている理由は何ですか?「in」が入っているのもよくわかりません。

●those who have nothing to recommend them の関係代名詞節who have nothing to recommend themは、文に戻すと those (women) have nothing to recommend them です。those (women) は人で主格ですので who を使います。

those in whom nothing but good can be foundの関係代名詞節in whom nothing but good can be foundは、文に戻すと、nothing but good can be found in those (women)になります。those (women)は人で目的格ですので whom を使います。★前置詞の後の名詞は、必ず目的格です。

さて、後者の方を前記の手順に従ってすなおに関係代名詞節化すると、the number of those whom nothing but good can be found in となります。つまり前置詞で終わるわけですね。英語圏の人間は、これを見ると、女性のスカートからシュミーズが覗いているような気持ちになります。それで前置詞を関係代名詞の前にたくし上げて、the number of those in whom nothing but good can be found とすると、formal な感じになるのです。

以下、#2 に書きます。
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この回答へのお礼

今晩は。関係代名詞のところ、以前に教えていただいたのを忘れてしまっていました。ので私の記憶は『博士の愛した数式』なみ以下だと思います。。(実は投稿した後気になってノートや文法書をさらってみて「whom」の前に「in」が入っている理由はわかりました。)

いつも大変丁寧に回答を下さってありがとうございます。2つ回答があったのでどなたかと思いましたが、#2の方にも続けて回答してくださってありがとうございます。)

関係代名詞節の作り方について詳しく説明して下さってありがとうございます。手順の1)~2)のところがなるほどと思いました。
「not~but」のところですがカンマの前と後ろで対比しているのかと思ってしまいました。この場合「large」と対比する単語(smallのような)がこないとおかしいのですね。

「that is the conclusion~」の「that」は前回にあった文のことですね。(when we take steps to test their statements we are invariably disappointed.)あらためて前回の文章から続けて読むとここの「that」はすんなり頭に入る感じです。

「And」の単純接続は辞書にありました。「相手の言葉を引き取って状況解説を加える場合」ですね。「and」は他にも「つまり」とか「そうしたら」とかもあってどれをあてはめてもそれなりに文が通りそうで迷うところです。

「case」 はよく関係副詞 「where 」を伴うのですね。知りませんでした。

2)の主格に使う「who」と目的格に使う「whom」の詳しい説明をありがとうございました。

(以前教えていただいたというのは「関係代名詞節で一番最後の前置詞を関係代名詞の前に持ってくることができる」ということです。「in」は当然「found」の後ろにあったものだということに思い至れませんでした。)

桐壺のところです。「At first the mother could find no words with which to greet her,」で「with which」の質問をさせていただきましたところ、

 I could find no words which I should greet her with.
=I could find no words with which I should greet her.

と教えていただきました。「with」で終わらず「with which」とするとfomalですね。

お礼日時:2012/12/15 21:56

3」『 I divide women into three classes. Those of high rank and birth are made such a fuss of and their weak points are so completely concealed that we are certain to be told that they are paragons.』>私は女性たちを三つの階級に分けます。

高い階級と生まれのそれらの人たちはとても大騒ぎをされ、そして彼らの弱点はすっかり隠されているので私たちが彼らが非常に優秀な人だということを話されることになっているのは確かです。・・・・・?

●完璧です。

>Those of high rank and birth are made such a fuss of ・・・・・ここは「of」の後に何か省略されているのでしょうか?such a fuss of high rank and birth?

● those は「人々」という意味ですので、the people of high rank and birth と同義です。何も省略されていません。

>suchは「大変な」、「とても」でしょうか?

●その通りです。

>we are certain to be told that they are paragons・・・・・be+to不定詞で「予定」の用法と考え、「~ということになっている」、としました。

● be certain to do が「かならず~する」という意味のイディオムです。

>ランク付けをするのは昔も今も変わらないようですが。

● 猿の惑星です。私は偏差値を蛇蝎のごとく嫌いますが、それでも人様から「私は偏差値75だった」などと打ち明けられると「はあ~」となってしまいますので悲しいです。
 みんなでいっしょにゴールしましょう、というのも幼稚園ぽくって嫌ですしね。まあ、人間の悲しい性というところでしょうか。

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《余談》あっという間に獅子文六の3冊を読まれましたね。読書力の偏差値75ですね。獅子文学のいいところを分かって頂き、同好の士を得たようで嬉しいです。埋もれた作家なりを好きになるというのは、小さな1つの功徳ではないでしょうか。


 岩田豊雄(獅子文六)も、実は1920年代の西洋と深く関っています。彼は自分でも認めている通り、非常な吝嗇家で、無駄な金は一切使わない主義ですが、いざというときは思いきった使い方をします。父親が死ぬと、遺された金を自分の渡仏用の資金に惜しげもなく使うのです。自分自身への投資ですね。渡ったのが 1922年(つまり annus mirabilisの年!)、帰国が1925年(つまり Tale of Genji 第一巻出版の年!)ですので、われわれの余談の時期と重なっています。1920年代のパリの日本人は藤田嗣治ばかりではありません。岩田豊雄(獅子文六)もお忘れなく。彼も大層な飲ん兵衛ですから、どこかで酔っぱらったヘミングウェイなんかとすれ違ったかもしれませんね。

 彼はパリで飲んだり食ったり恋もしましたが、精神を最も集中したのは演劇の研究でした。ちょうどそのころパリの演劇界も近代化の大きなうねりが起きているときで、タイミングがよかったですね。綿密なノートを残しています。これが帰国してからの文学座創設に大いに役立つことになります。

 明治維新以降、日本は軍事と政治と産業を西洋に負けぬものに変えようとしましたが、やゝ遅れて文化面でも、西洋人から笑われないような文化を備えたいと思うようになりました。それまで庶民の演劇としては歌舞伎がありましたが、これは今のように洗練されたものではなく、かなりエグいものであったと言われています。そこで「演劇改良運動」が起きます。これを率いたのが坪内逍遥で、彼は文芸協会を立ち上げます。いわゆる「新劇」の誕生です。歌舞伎(旧劇)では女優はいませんでしたが、新劇では女優を使いました。(西洋で女優がいたのでお墨付きをもらったわけです。)川上貞奴がその第一号でしたが、文芸協会でも、前に名前を出しました、松井須磨子がおりました。

 長くなりますので、次回につづく、といたします。
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この回答へのお礼

続けて回答をしてくださってありがとうございます。

「such a fuss of 」の「of」の後に何か単語が続くのかと思ったのですが、(Those of~から書いてしまって紛らわしくなってしまいました、すみません)お答えいただいたのはThose of~の「of」の方でしょうか?

「偏差値75」なんて聞いたら単純にすごいなぁと思ってしまいます。自分にないものを持っている人からは学ぶところがあると思いますので。でもだから偏差値にこだわらずに人からはいつも学べるのだと思っています。

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「獅子文六」の事がとても好きになりました。『娘と私』の事を思い出しながら他の作品を読むと親しみが増します。

岩田豊雄(獅子文六)が吝嗇家だったというのは『娘と私』で伺い知れるところがあります。千鶴子さんとの新婚旅行の旅館の部屋が貧弱だったり・・・麻理がキモノをねだった時に反対したり、結婚以来千鶴子さんには何も買ってあげなかったり(結局半襟を買ってあげましたが・・・)。
でもそういう人はいざというときは思い切った使い方ができるのかもしれませんね。
1922年にフランスに渡って1925年に帰国したというのはおもしろい一致ですね。
(きっとヘミングウェイとすれ違っていますね(笑))

最初は演劇の研究に集中されていたのですね。ちょうどいい時期に渡仏できたようですね。こういうのは偶然ではないと思います。目に見えない力がちゃんと働いていたと思えるような・・・

坪内逍遥については「小説神髄」の作者ということしか知りませんでしたが、文芸協会を立ち上げていたのですね。「新劇」で女優を使ったのは画期的なことだったと思います。川上貞奴は川上音二郎と結婚した女優ですね。松井須磨子はスペイン風邪で島村抱月が亡くなって、後追い自殺をしたというお話を以前聞かせていただきました。

また是非次回つづきをお聞かせください。

『父の乳』を借りることができましたのでこれから読みたいと思います。

(また月曜日に投稿します。)

お礼日時:2012/12/15 21:59

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