今回修士論文をまとめましたが、締め切り日がとうに過ぎているのに教授が論文をみてくれません。
一応、差し替えをするということで、「論文の形」として提出はしていますが、このままだと2月の14日の差し替え期日に間に合わないように思います。
そこで教授に催促をしたいのですが、「論文、読んでいただけましたか?」と尋ねても「忙しいんだよ~」という返事しか聞かされない毎日です。
なにしろお忙しい方なので(^^;)仕方がないと思うのですが・・・
ちなみに私の研究テーマは教授の専門ではなく、今は栄転されて不在の助教授の専門分野でした。

お知恵をお貸しください。
よろしくお願いいたします。

A 回答 (4件)

この時期に修論としてまとめてある時点で、多分、内容に関しては問題が無いですよね?あとは「まとまり方」の問題だけだと思うので、担当教授だけでなく、研究室のドクターコースの先輩や、助手の先生などにも見てもらって、予めアドバイスを貰っておいてはいかがでしょう?



助手の先生やドクタの人からも先生に「XXクン、ヤキモキしてますよ」とコメントしてもらえるかも?
他に、時期的にチョット辛いかもしれませんけど、元の専門の先生(助教授だった先生?)と連絡が取れるようでしたら、「今XX先生にも見て頂いていていて修正が入ると思うけれど、○○先生にも見せたくて」とかいう旨の文章とともにメールかなんかで送ってみると、良いアドバイスがもらえるかも....(^^ゞ

ついでですけど、僕の同期の奴、修論の差し替え期日の23時に最終版を印刷してましたよ。
何しろ修論やドク論の提出間際って、ホントに「うわぁ」な気分になるのは良くわかるんですけど、頑張って審査とおってくださいね。
審査発表の時に思わぬ伏兵が居たりするので、気をつけて。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
今日、また、催促に伺いましたら「忙しくてそれどころではない」とのことでした。ドクター論文の時が怖いです。一応助教授にみてもらおうと思っております。

お礼日時:2002/02/05 14:00

>今回修士論文をまとめましたが、締め切り日がとうに過ぎているのに教授が論文をみてくれません。



教授としてはこの内容でOK、文句のつけようなし(=あとで文句を言う権利は当然放棄)、という事だと解釈しても差し支えないでしょう。(そんなに完璧な論文なんですか?すごい)

あとはcuedaさんが、個人的に添削をお願いしたい方がいるのでしたら遠慮なくどうぞ、ということでいいのでは?
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この回答へのお礼

文句の付けようなしだったらいいのですが、まだ不完全なままですので、それは絶対にありません。一昨年は発表の前日になって、スライドも出来上がっているのにスライドを作り直しさせられた先輩もいるので、文句を言う権利は全体に放棄しないでしょう。
13日と18日(19日が発表日)は徹夜だと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/02/05 14:09

2名の方のアドバイスに賛同します.



ただ,修論提出までの経過がよくわからないので,はっきり言えませんが,これまで,教授と研究内容について,個人的にもゼミなどの場でも,全くあるいはほとんど議論していないのでしょうか?
私のいた研究室では,直接の受け持ちの学生でなくても議論していましたから,論文を出す段階ではじめて議論するというようなことはありませんでした.
あとは発表会(審査会)でどういう形で話すか,ということに集中していましたね.実はこの過程で,自分のやった研究の背景は何か,そして目的は何か,研究の過程は筋が通っているか,結局何がわかって何が言いたいのか,ということを再度考えることになり,文章を書いていたり図表を作っていることに集中していたときには気付かなかったことに気付いたりすることが多くあります.

これは学科や研究室などでやり方や考え方が違うと思いますが,一般に卒論や修論の場合は,論文自体を外に出したりはしないことが多いから,論文というか文章の出来不出来はあまり問題にしないのではないでしょうか?
もちろん,修正を入れてより良いものにするのは,自分のためにも,あとで読む後輩のためにも大事なことですが.

論文の内容よりも,むしろ論文発表をどうやるか,その辺を教授に相談を持ちかけて,それを通して研究内容について議論してはいかがでしょうか.

一番大変な時期と思いますが,頑張って下さい.
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この回答へのお礼

検討会はありました。その後さらに加わったデータを加えてまとめ上げ、ペーパにしたら「不完全過ぎる」ということでした。その後一度もみてもらっていないので、なんともいえませんが、自分なりにやるしかないかなあと思っています。発表は19日なので、それまではなんとか頑張ります。

お礼日時:2002/02/05 14:06

もしかして、時間的余裕がなくて読めない、読まないのではなくて、


内容に興味がない、内容が理解できないために読みたくない
のではないでしょうか。

専門外とのことですので。

対策としては、
・内容はともかくとして、体裁、文章(英文)だけをお願いして、
内容については自分で何とかする。

・栄転された助教授の先生に郵送するなりなんなりして手直ししていただく。

どちらにしても気をつけないと教授の機嫌を著しく損ねることになりますが。

ご健闘を祈ります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
このまま孤立していきそうな感じもします。
とりあえず助教授にみてもらおうと思っています。

お礼日時:2002/02/05 14:02

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Q特別支援教育系の卒業論文について

普通学校での特別支援支援についての卒業論文を書こうと思ったのですが、
具体的には何をしようか決まっておらず、とても困っています。

始めは、通常学級で行われている特別支援教育についてや、交流学級について調べようかと考えていたのですが、
今からどこかの小学校に入って事例研究をしようにも、
コネも時間もないので無理だと教授言われました。

だからやるなら文献研究かアンケートをとるかなのですが・・・
アンケートをとるのにも個人情報などで中々難しいとのこと。

そこで質問なのですが、
普通学校での特別支援支援教育について書くなら具体的にどのようなことを調べていくのが、やりやすいと思いますか??

何か面白いテーマなどないでしょうか??

なんでもいいので参考までに教えて欲しいです。

Aベストアンサー

こんにちは

卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
まずは過去の質問を検索してみてください

卒論の書き方
http://www.mycon10ts.com/top.htm

ここのテーマの決め方を読んでください

どの分野でも共通なのは

とにかくテーマを小さく小さくです
これでもか!というぐらい小さいテーマを選んでください

言葉は悪いですが、質問者さんがいかにがんばろうと
世の中の「特別支援支援」については何の影響も与えません
イメージとしては、「特別支援支援」という万里の長城に
砂粒一つのせて、ちょっとだけ長くする ぐらいの作業です
卒論、つまりあと半年ぐらいで、結論まで出す必要があります
壮大なテーマはアウト!です

例えば
特別支援支援 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%95%99%E8%82%B2
ここに載っている定義でも用語でも興味ある項目はありますか?

障害でも全部の障害を扱うなんて、到底無理です。特定の障害に限定しましょう
学校も全部を扱うのは無理。

これを絞るだけでも、
「知的障害者の小学校教育における歴史的経緯の考察」
とグッとイメージ沸いてくる
またはエリアで絞ってもいい
「○○県△△市□□駅前における聴覚障害者対策の実態調査および考察」
言いたいこと伝わりますかね?

どんどん絞っていいんです。グイグイ絞り込んでください
学校での事例研究は相手がいることなので、大変ですが
地元の駅前の調査なら、質問者さんが調べてみれば済むことです

例えば聴覚障害者にとって、横断歩道が渡りやすいのか?
視覚障害者にとって、切符は買いやすいのか?
道路の黄色いプレートは使いやすいのか?
こんな対象をいくつかあげて調べていけば、まあなんとなく
フィールド調査型の卒論としてまとめることが可能だと思います

がんばってください

こんにちは

卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
まずは過去の質問を検索してみてください

卒論の書き方
http://www.mycon10ts.com/top.htm

ここのテーマの決め方を読んでください

どの分野でも共通なのは

とにかくテーマを小さく小さくです
これでもか!というぐらい小さいテーマを選んでください

言葉は悪いですが、質問者さんがいかにがんばろうと
世の中の「特別支援支援」については何の影響も与えません
イメージとしては、「特別支援支援」という万里の長城に
砂粒一つ...続きを読む

Q教授と助教授の差って?

当方大学生ですが、一般に大学の教員の方々って
教授、助教授、助手のいずれかに当てはまりますよね。
そこで、教授と助教授の間にどれくらいの差があるのかわからないのです。
森博嗣の冷たい密室と博士たちという小説に
「お前、教授になれるのか?」
「まさか・・・・まだ三十三だぜ・・・・。助教授になって四年だ。」
というやり取りがあるのですがこれを見る限りそれなりの差がありそうです。
正直今まで似たようなものだと思っていたので興味があります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

大学教員をしていますが、大学教員は「教授、助教授、講師、助手」に分かれます。

教授、助教授にどのくらいの差があるのかですが、まず、医学部系とその他では全然違います。医学部系は本当に「白い巨塔」のドラマに出てくるように、天と地との差があります。教授には部下に人事権を全面的に預けられていますので、好きなように人を動かせます。

一般学部では、医学部系ほどの差はありませんが、やはり研究室の長ですので、自由に研究室運営ができるようです。最近では、教授と助教授以下も独立な研究室を持っているところもありますので、昔に比べたら自由度が多いくなってきました。でも、いずれにしても大学は封建社会であることには変わりないですね。

Q特別支援教育になったら・・・

はじめまして。よろしくお願いします。
特別支援教育がはじまりましたが
イマイチわからないので教えて下さい。
養護学校、盲ろう学校は特別支援学校となり
地域のセンター的役割を担うようになると聞いてますが
最終的には
これらの学校が一括
知的障害・肢体不自由・盲・ろうのお子さんを
教育していくことになるのでしょうか?
それとも
名前は特別支援学校だけど
子どもの所属はある程度わけられる
(今までの通り知的障害・肢体不自由・盲・ろう)のでしょうか?
盲・ろうだけでも
ひとつになることが難しいように感じるのですが・・・

Aベストアンサー

 こんばんは。

 結論から申し上げると、質問者さんのおっしゃる通りです。
 平成18年度までの「特殊教育」の制度化では、質問者さんもご案内の通り、盲学校・聾学校・養護学校と対象児童生徒の障害種によって学校が分かれていました。
 平成19年度より実施の特別支援教育の制度化では、これらの特殊教育諸学校が特別支援学校に一本化されます。

 したがいまして、例えばそれまで肢体不自由児を対象としていた旧養護学校だった特別支援学校も、知的障害を持った子や、視覚障害を持った子も受け入れることとなります。

 一方で、文部科学省は、各学校に対し、もともとあった専門分野を確保することも求めています。つまり、もともと肢体不自由児対象の養護学校だったところでは、引き続き肢体不自由児教育の専門性も持たせていく、というのです。文科省では「肢体不自由部門」「知的障害部門」という「~部門」を設けて教育を行うことを想定しています。教員免許についても同様です。「特別支援学校教諭免許状」に一本化されました。ただし、これについても「視覚障害」「聴覚障害」「知的障害・肢体不自由・病弱」の各部門に分けて授与することになっています。
 
 私個人は、以上のような制度が現実的かどうか、もう少し様子を見る必要があるとは思いますが、質問者さんのおっしゃる通り、課題は多いような気がします。また、文科省の理念の実現にはもう少し時間がかかりそうな気もします。

 以上です。ほかに何かあれば補足してください。

 こんばんは。

 結論から申し上げると、質問者さんのおっしゃる通りです。
 平成18年度までの「特殊教育」の制度化では、質問者さんもご案内の通り、盲学校・聾学校・養護学校と対象児童生徒の障害種によって学校が分かれていました。
 平成19年度より実施の特別支援教育の制度化では、これらの特殊教育諸学校が特別支援学校に一本化されます。

 したがいまして、例えばそれまで肢体不自由児を対象としていた旧養護学校だった特別支援学校も、知的障害を持った子や、視覚障害を持った子も受け入れる...続きを読む

Q大学の教授・助教授・講師・助手

について聞いてみたいことがあるのですがよろしくお願いします。

つくづく思うことです。
・なぜ教授やらは実験しないで学生の結果だけを吸い上げて論文にして、自分の功績にするのでしょうか?そもそもなぜ実験しないのでしょうか。
教授やらなんてただのサービス業に過ぎないと思っています。金をはらっている学生にたいして教える教員と同じ。
また、ひどい人(うちの助手)になると、学生を自分のこま?お手伝い?みたいに学生を使います。実験器具は自分で使ったのにもかかわらずおきっぱなし。洗っている姿を見たことがありません。合成をやるから、装置をセットしておけ。溶媒持ってこい。できたらそのまま器具は放置。ちなみに修士論文提出数日前で、私には100%無関係な実験と測定を無理やり手伝わされて提出ぎりぎりでした。

学生を何だと思っているのだろうと思えます。
何か言うとすぐに、会社入ったらあたりまえ。だそうです。
私だって会社にはいれば対価がある以上やります。しかし、無報酬で無関係で時間がない状態で働かされたということと、会社の日常とを同一視されても理解にくるしみます。

むしろ逆ではないかとおもますが、皆さんはどう思われますか?
学費を払って実験などをやっている学生に対して、働くべきだとおもいます。そうしないのは、大学教員は自分が研究者という無駄な自負があるからでしょうか。実験をやっていない教員が研究者と口に出すこと自体がありえないとおもうのですが…

あと、教員はなぜ学生のデータやら結果を吸い上げて論文にして自分の名前で出すのでしょうか?これは一時期研究室内で問題になりました。
自分でやったことだから自信をもって投稿できるとおもうのですが。

乱文ではありますが、ご意見お待ちしております。

について聞いてみたいことがあるのですがよろしくお願いします。

つくづく思うことです。
・なぜ教授やらは実験しないで学生の結果だけを吸い上げて論文にして、自分の功績にするのでしょうか?そもそもなぜ実験しないのでしょうか。
教授やらなんてただのサービス業に過ぎないと思っています。金をはらっている学生にたいして教える教員と同じ。
また、ひどい人(うちの助手)になると、学生を自分のこま?お手伝い?みたいに学生を使います。実験器具は自分で使ったのにもかかわらずおきっぱなし。洗って...続きを読む

Aベストアンサー

最低な助手の下にいるのですね。
全ての教授や助手がそうではないですよ。
その人の性格の現われですね。
まったく言われるとおり、学生を何だと思っているんでしょうね。
ちなみに私はやさしい教授の下で卒業研究などを行ったので、そんなことはありませんでした。
今度、そのようなことがあったら、もう後片付けせずに帰ってください。

Q障がい者 差別 特別支援教育

障がい者 差別 特別支援教育

皆さんは障がい者について
どう考えますか?

私は今
特別支援教育者になるため
勉強中です。

世間では障がい者に対しての
差別が絶えないようです。

授業でもこの問題が
取りあげられました。

「障害者」この漢字も
差別用語になりつつあるみたいですね。

常に健康な者(健常者)と
書きますが

では、障がい者は常に健康ではないのか?
という考えもあります。

差別は大きな問題ですが
答えを出すには
とても難しいと考えます。

皆さんは差別に対して
どうお考えでしょうか?

教育者ではなくても
結構です。

いろいろな観点からの
意見をお聞きしたいです。

回答、お願いします。

Aベストアンサー

1、教育の果たす役割りは大きい。
2、社会のあり方が及ぼす影響も看過できない。

と、考えています。

 1は、個々の人格と人間性に果たす教育の役割りからいって当然のこと。だが、社会のあり方も看過できないと考えています。
 若い女性の二人に一人が非正規雇用。男子も3人に二人しか正社員はいない。その正社員も、能力主義の名の下に過度の競争を強いられているのが昨今の特徴。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、やはり、人間誰しも聖人君子ではありませんので生活に余裕がなければ弱者を思いやる心のユトリも消えうせようというものです。また、健常者がかように非正規雇用で使い捨てられる時、弱者へのサポートもまた切り捨てられるのは物の道理。
 かように考えれば、弱者の問題は、実は、健常者自身の問題と同質なんだと思いますよ。となれば、私は、「差別」に光を当てるのみならず、その根源が同一のものであることにスポットライトを当てることを忘れてはならないと思います。障害者への同情云々ではなく、同一の根源に向かって改善を求める者同士っていう意識の醸成。これも必要なことだと思います。
 観点ということであれば、障害者も健常者も同じ地点から社会を俯瞰するということが肝心と思っています。

1、教育の果たす役割りは大きい。
2、社会のあり方が及ぼす影響も看過できない。

と、考えています。

 1は、個々の人格と人間性に果たす教育の役割りからいって当然のこと。だが、社会のあり方も看過できないと考えています。
 若い女性の二人に一人が非正規雇用。男子も3人に二人しか正社員はいない。その正社員も、能力主義の名の下に過度の競争を強いられているのが昨今の特徴。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、やはり、人間誰しも聖人君子ではありませんので生活に余裕がなければ弱者を思いや...続きを読む

Q助教授が准教授になったのは何故?

助教授の名前が准教授と変わったのは何故なのでしょうか?
そもそも、「准」とはどういう意味なのでしょうか?

Aベストアンサー

助教授の職務は研究への従事ではなく教授の補佐で、
教授から協力の要請があれば自分の研究よりもそちらを優先しなければならない。
一方准教授の職務は教授と同等であり、研究に従事することを優先させることができる(ウィキペディア)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%86%E6%95%99%E6%8E%88


上記の通り、助教授=准教授ではありません。
学校教育法の改正により助教授が廃止されました。

Q特別支援教育についての質問です。

最近、「特別支援教育は教育の根である」
と言うようなことを目にしたのですが、
これはどういう事なのでしょうか?

子ども達一人一人のニーズに
あった教育を目指すことに繋がる、
と言うこと以外で
意味合いがありましたら
教えて頂けると助かります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>子ども達一人一人のニーズにあった教育を目指すことに繋がる

以外は、特にないかと…

Q「助教授」→「准教授」になって

 この四月からでしたでしょうか、従来の「助教授」が廃止されて、「准教授」と呼ぶようになったと、聞き及んでおります。
 そこで質問なのですが、私が学生時代は、大学の先生の出世のコースは、
助手→講師→助教授→教授
という序列だったのですが、これが今は
助手→講師→准教授→教授
になったと理解していいのでしょうか。正確な情報を、お願いします。

Aベストアンサー

同時に助手が「助教」という名称に変わりました。従って
助教→講師→准教授→教授
となります。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E5%93%A1%E3%81%AE%E8%81%B7%E9%9A%8E#.E9.AB.98.E7.AD.89.E6.95.99.E8.82.B2

Q特別支援教育を受けられず困っています

特別支援教育の法整備と学校現場の運用のずれが起きています。
ADHDの為、学業の成績が下落してきている、それに連動して不登校のリスクが高まってきているにもかかわらず、学校が当事者(中学生)及びその保護者の要望を聞こうとしません。
九州の某県立中高一貫校に対する行政指導は、どこの誰が責任を負うのでしょうか?

Aベストアンサー

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


なんだか大変な状況に陥っているようですね。
気があせることでしょう。心中お察しいたします。
確かに、学校の体制整備は遅れており、また地域格差や学校間格差も大きいと思います。非常に憤りを感じていらっしゃることが伝わってきますが…個人的にはお書きになっていることに若干の違和感も感じます。


教員の立場では、なかなか言えないこともあります。ただ…これも何かの縁かと思うので、あえて今回だけは家庭の立場に立って、思うところをなるべく率直に述べたいと思います。

あなたのおっしゃるような「正論をぶつける」行為が、どういうことになるか、感じていただきたいし、この回答をどう思われるのか私も知りたいのです。

ただ、とても嫌なことを言うことになりますから、心の準備をお願いします。





まず。
保護者の思いが重い…というのが、学校側の本音といったところでしょうか。最近思うのですが、親御さんがパワフルになりすぎて失敗するケースも少なからずあるかもしれません。もちろん、学校がきちんと対応しなくてはならないことが基本的な前提なのですが、それを後押しするタイプと停滞させてしまうタイプの働きかけがある、ということです。

今まで学校に駆け込んでくる親御さんがどういうタイプだったかを考えると、イメージしやすいかもしれません。一昔前のドラマに出てくる母親に例えれば、バリバリの教育ママとか暴力団に近いようなヤンママとか、駆け込んできてはおいおい泣いて家庭内の問題までどうしましょう?なんて聞いてくる母親とか…。
仮に、上記のような親御さんと同様に思われていたとしたら、どうでしょう(実際にはそういう状況ではないことと思いますが、分かりやすくするため、あえてひどい例を挙げています)?

言葉の端々に不信感が噴出しています。そういうのが、電話で話したり会っていたりしていると、そういった思いが言外に表れてしまうと思いませんか?
学校側が直接受け取れば、自分たちが非難されていると感じるかも知れません(この場合、実際に非難されるようなことをしている/いないは関係ありません)。人は非難されると、やがて心を閉ざしてしまうものです。そういう意味で、No.1の方の書かれた「先生方も同じ人間」という表現は、ここに通じるのではないかと。


正しいことを主張することは大切です。ただし、その方法を工夫しないと、クレーマーのような扱いをされてしまいますよ。クレーマーに対して、話をきちんと聞いて受け入れ、学校運営を見直そうという動きにはつながりにくいと思うのです。目的は、正しいことを伝えることではないでしょう?ケンカすることでもないでしょう?
お子さんにとって最適な学習の場をつくるために必要なのは、事実の共有、目標の共有、支援の手立ての共有かと思いますが…何より必要なのは、協調姿勢を作ることではないでしょうか?


と、ここまでお読みになって、上記の考え方について、たとえ理屈では分かったとしても、非常に不愉快に感じられるのではないでしょうか?それは、質問者の方の思いに、あえて真正面から反対するような書き方をしているからです。そして、ある意味「現実ベースに語られた正論」と見ることもできるので、なおさら腹が立つことでしょう。これはつまり、質問者の方と私が戦ってしまっているのです。さらに、質問者の方の動き方では動けない、それでは学校は変わらない、なんて全否定してしまったとしたら(私はそうは思っていませんからね、念のため)、もう聞く耳なんて持たなくなるのではないかと思います。

失礼な物言いをして大変申し訳なく思っています。
ただおそらく、質問文に書いていらっしゃるような雰囲気の伝え方が、どういう風に見られてしまうかは、ご理解いただけたのではないでしょうか?


学校側としては、冷静さを失った方への対応として、ひとまず伺っておいて、落ち着くのを待ってから話をしよう、という対応になりやすいと思います。感情的な状態では話し合いにはならないからです。
たとえ正しいことであっても、学校が親御さんの「感情」で動くことは、ないといって良いかも知れません。本当に様々な親御さんがいますので…と言えば、分かっていただけますでしょうか?

要するに、質問者の方が熱心に語ることがクレームだと思われてしまったら、その時点で目標であるお子さんの教育ニーズを満たすための働きかけから一歩遠のくと思うのです。それは望む状態ではないでしょう?


余談ですが…
今の学校は、少しのミスでも叩かれやすく、少々の不手際も許されない環境に置かれているため、かえって組織としては融通が利かないところがあるのです。新しいことを始めるよりも、今やっていることを確実にやろうよ、みたいなこともありますし、もちろん怠惰が原因でもあります。私も含め多くの教員は怠惰と言えるでしょう。
また、要望=対応するべきもの、という風に考えているわけではありません。学校には学校としての考えもありますし、大勢のお子さんを抱えていく中で、全体を見てバランスの良い体制を整えることも大事なことだからです(ただし、この意見は教員向けのものではありません。教員としては、現状がどうあれ、その時点でできるベストを尽くすべきだと思いますし、そういう対応を心がけています。多少の労働条件の悪化も厭わないで子供のために身を粉にしている同僚も多いです。ただ、そうすべきだ、という風に外部から言われることでもないのかな、という微妙な話です)。


特別支援教育の体制が整っている/いない、ということは、その学校に専門的な知識や技能を持つ教員がいるかどうかによって異なります。その意味で、確かに学校間格差、地域間格差が生じていることは事実でしょう。

私は特別支援教育に関わる立場にいるので、発達障害をもつお子さんの指導について、いくつかのケースを経験し、同僚とも具体的に話し合うことができます。ADHDの障害像を漠然とですがイメージできますし、課題の発見も教育目標の設定も手立てや配慮事項の工夫も、少しは考えることができます。ただ一般の学校の先生方の多くは、そういったお子さんの事例を見ていない(正確には見えていない)ので、比較的にスムーズには行かないでしょう。私が突然月曜から職場を交換しても40人をまとめきり授業を成立させることができないように。

「~するべき」という言い方は、正しくも不幸な意見の出し方だと思います。
簡単にできるならすでにやっているはずですし、必要性を感じていればすでにやっているはずです。どうしたらいいか分かっていればすでにやっているはずですし、余裕があれば手をつけはじめているはずです。
…できない理由を怠惰にもってくると、相手の人を責めてしまうし、お互いに不幸になります。怠惰と責められ喜ぶ人はいませんから。逆に、どういう条件が整えば組織が動き出すかを考えると、必要な手立てが生まれてくるかもしれません。ダメ社員が多く足を引っ張り合っているような会社でも、現状を的確に把握し、今の状態でできることは何か、といった視点で改善を続けていくと、成果が上がってくるそうです。



もう一つ、指摘しなければならないことがあります。

担任をこえて管理職と話し合いたいとのこと。
どういったいきさつがあるかは分かりませんが、直接指導にあたっている教員ではなく、その上司に話をしようとしている状態を、担任の方はどのように感じていらっしゃるのでしょうかね。
自分に指導能力がないと、保護者に責められているように感じているかもしれませんね。そう感じてもなお、お子さんのために全力を尽くしてサポートしようと思うのかどうか、少々疑問があります。…もしかして、担任の方と戦ってしまっていませんでしょうか?

正論を語ることも大切ですが、直接お子さんを指導している方が、本当に特別な教育的支援の必要性があることに気づいて、どうしたらいいかな、と思えるようにならなければ、何も変わらないと思うのですが…。どのような支援が必要だとお考えかは分かりませんが、普通中学では教科担任制で授業が進むので、それぞれの担当教員が一人一人変わっていくような、働きかけが必要だと思います。

管理職、県の窓口、文科省、どこに話をしていってもよいのですが、結局のところ、お子さんの担当教員が変わらないと、意味がないばかりか、学校との関係が悪くなるばかりで、かえって害があると思います。また、いわゆる上の組織に話したとしても、クレーマーだという判断をされてしまっていたら、何ら効果がありません。たとえ多少なりとも効果があったとしても、やればいいんでしょ、といったような対応になってしまって、理解もないまま形だけ整えて見せて、本当に必要な支援を得られないことを、私は心配しています。


否定的な話ばかりしてしまってすみません。
お子さんの苦しみが分かるからこそ、強く要望されているのだと思います。学校の対応が変わっていないからこそ、言わねばならないと立ち上がったことも理解できます。であればこそ、なお私は作戦を考えていただきたいと思ってしまうのです。


>しかし、カミングアウトしていないので教室内で徐々に
>セルフエスティームが下がってきており、学業成績も
>連動して下がっています。

カミングアウトしていればセルフエスティームは保てる…?
ちょっと分かりませんでしたが、何か省略があるのでしょう。それはともかく、成績やセルフエスティームの低下が、ちょっと対応を工夫することで防げることを、うまく伝えていかなくてはなりませんね。

私は、第3者である医師や臨床心理士といった方(普段お子さんを診ている方のことです)を交えて、担任と十分に懇談をされることをおすすめします。今までに出された情報をもとにすると、私には担任の理解が不足していると言わざるを得ないと思うのです。まずはその辺りを、親御さんからではなく専門家から解説してもらうようにするのです。できれば授業も一緒に見たり、教室のレイアウトや活動の組み立て、基本的な対応など具体的なアドバイスを頂くようにします。
それを行うことでお子さんが変われば、きっと担任の方も親御さんが何を言わんとしているか、漠然としながらも分かるようになるのではないかと思うのです。

このステップは、親御さんだけでは出来ないのです。
親御さんの色眼鏡があることが否定できないからです。
(ここも、本来なら学校サイドで実態を的確に把握しなくてはならないことが大前提です。ただ、こういったことが必要であることすら気づかない状況は確かにありますし、それをどうにかするために多少の権威ある存在は有効だと思います)


>特別支援教育に係る法の精神に対して、不遵守もしくは
>不適格な状態だと考えます。
>先生の限界とはだれがジャッジするのでしょう?

教員をジャッジするのは、生徒であり親であり、地域の皆さんでしょう。そのために学校評価制度というものもありますし。存分に評価されてください。

ただ、評価をつけることが目的ではなく、「改善する」ことが目的なのです。そこは大事にされてほしいと思います。思ったことを散々書かれて良いのですが、改善案も具体的に挙げられるとか、ここは良い/ここは要改善、とメリハリをつけて具体性をもたせることなどをおすすめします。
予算がかかるような改善案よりも、工夫することでできる改善案のほうが適しているかもしれませんね。

同じく改善するなら、明るく前向きに行いたいものです。人に言われるよりも、仲間内から挙がってきた声の方が、変わりやすいものです。そういう形につなげられることを、心から願っています。



色々と失礼なことを申しまして…お怒りは重々承知していますが、どうしようもない状況をどうにかしようとしていらっしゃる様子を感じ、少しでもお役に立てればと思い回答しました。

どうか、よい方向に向かいますように。
失礼します。

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


なんだか大変な状況に陥っているようですね。
気があせることでしょう。心中お察しいたします。
確かに、学校の体制整備は遅れており、また地域格差や学校間格差も大きいと思います。非常に憤りを感じていらっしゃることが伝わってきますが…個人的にはお書きになっていることに若干の違和感も感じます。


教員の立場では、なかなか言えないこともあります。ただ…これも何かの縁かと思うので、あえて今回だけは家庭の立場に立って、思うところをなるべく...続きを読む

Q助教授と准教授って?

 最近、准教授っていう大学の先生のポストをよく目や耳にしますが、

これって助教授のことですか?それとも新たな基準が設けられたの

でしょうか? 

Aベストアンサー

2007年を境に、それまで大学で助教授だった人達の肩書きが
准教授に書き換えられたんですな。
現在では助教授の肩書きは廃止されています。

助教授=教授を助ける。ということで
教授のお声が掛かれば自分の研究を放り出して
教授の研究の補佐、協力をしなければならなかったのが
准教授は、立場的に教授と同等であるということで
教授から研究の要請があっても自分の研究を優先させることが出来るといったような違いがあったと思います。

欧米では教授、准教授、助教授と三段階の階級があったのに対して
日本では教授、助教授の二階級制しかなかったので
海外の学会やなんかで日本の助教授が良い論文を発表しても、格が低くとらえられてしまって助教授が可哀相。というような話があって、そこから助教授が准教授に改められたのだとかなんとか・・・。


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