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ある大学院生の修士論文を読む機会がありました。
その大学院生は昼間は社会人として働いていて、某大学の大学院に通っている人です。
(大学院入試の際に、「社会人だから」ということで入試の採点基準が緩くなったか否か、あるいは無試験で大学院入学したか否か、まではわかりません)

その修士論文は文面、体裁こそは難しい言葉や多数のグラフ、表で埋め尽くされてはいたものの、内容は要するにその人の昼間の仕事内容について論文体裁でまとめた内容でした。

その修士論文で修士の学位を得て、大学院を卒業したようです。

大学の修士論文、ってこういうものでいいのでしょうか?
あるいは素人が知らないだけで
「何言ってんの? 社会人大学院生の修士論文って、そういうもんだよ。自分の仕事についてまとめた論文なんだよ」
ってことなんでしょうか?

大学院生の経験のある方、お願いします。

A 回答 (10件)

いいことだとは思いませんが、そんなものですね。



もちろん、理想ではないと思います。
博士に進むかどうかで基準が変わりますしね。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>いいことだとは思いませんが、そんなものですね。

そんなものなんですね。

>博士に進むかどうかで基準が変わりますしね。

そのお方は博士にはなりませんでしたが、数年後、謎の大出世をしました。
詳しくは下記をご覧下さい。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/10964971.html

ご回答有難うございました

お礼日時:2019/02/09 21:30

>社会人大学院生の修士論文って、そういうもんだよ。

自分の仕事についてまとめた論文なんだよ

そういうものです。
専門的な仕事をしている人が、自分の仕事の結果を論文としてまとめることはあります。
全然関係ないことを書けたら、社会人なのに時間があってうらやましい限りです。

文系の修士論文は博士論文を書く練習みたいなものなので、敷居は低いこともあります。
でも、自分の仕事について書くかと内容のできふできは関係ありません。
博士論文でも、自分の仕事について書かれることもあります。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

>そういうものです。
専門的な仕事をしている人が、自分の仕事の結果を論文としてまとめることはあります。

そういうものなんですね。

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2019/02/06 19:01

No.7です。



>大学院生の修士論文なんて読む人が限られますから、

公表されていない修士論文なら、そうかもしれません。
ですが、学会誌などに公表される機会があれば、多くの人の目に触れる機会があります。大学の研究室紀要でも、いまはpdfで大学の学内リポジトリに収録されることが多いので、CiNiiなどで検索してたどり着く人も少なくないでしょう。
ただ、公表が義務づけられている博士論文と違って、修士論文は、学会誌などに掲載しなければ、たいていは大学図書館に死蔵されたままになります。
そういった類の修士論文の存在意義としては、修士の学位審査に使われた「学位論文」としての価値、ということになるでしょう。
修士論文でも、そのまま学会誌に投稿できるレベル(旧帝大クラスの博士課程進学予定者はこのレベルが必須です)のものから、学会誌掲載には手が届かないけれど、まあ良いでしょう、というのまで、レベルに差はありますよ。

あなたがどうやってその論文を入手したかは知りませんが、そうやって誰か他人の目に触れることができる、何らかの入手ルートがあるということであれば、どこかに、その論文の「執筆者しか知らないデータ」を有用とする人がいるかもしれません。
その論文の本来の目的とは少し違ったところで、その論文のデータを自分の論文に引用して、論を発展させようと考える人がいるかもしれません。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございます。

>修士論文でも、そのまま学会誌に投稿できるレベル(旧帝大クラスの博士課程進学予定者はこのレベルが必須です)のものから、学会誌掲載には手が届かないけれど、まあ良いでしょう、というのまで、レベルに差はありますよ。

うーん、この大学院がそのレベルかどうかは判りませんが、とりあえず有名私立大学の大学院です。

>その論文の本来の目的とは少し違ったところで、その論文のデータを自分の論文に引用して、論を発展させようと考える人がいるかもしれません。

そういう人もいるかも知れませんね。まあ回答No6のお礼欄に記載したとおり、その論文は自然科学系じゃなくて社会科学系なので、そのとおりに全くそっくりにやっても同じ結果がでるとは限りません。また他の研究者がいたとしても、おそらく
「そんな研究は役に立たん。私のやり方のほうが正しい」
と言うかも知れません。
ただし同じ道に進みはじめたばかりの方や、他業種、他分野の人は、この論文から何らかのものを感じ取って自分の糧に出来るかも知れません。私も学び取りたいエッセンスを多数感じました。

また新たな質問をさせていただくかも知れません。
そのときはよろしくお願いします。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2019/02/05 20:15

実際にその論文を読んでみないと、その論文の評価そのものは何とも言えませんが、あなたが想像していた内容とは違ったのでちょっとガッカリ、といったところでしょうか。


経験に基づくデータ収集やフィールドワークを重視する分野の場合、社会人経験がそのまま論文に直結する、ということはあり得るでしょう。研究室しか知らない学生が集めたデータと、社会人として仕事の中で集めたデータと、どちらが良いかというのは単純には判断できません。
喩えるなら、教師やアスリートや芸術家が、自分の仕事について論文を書いた場合、それは「そんな程度のもの」と言えるのかどうか?ということです。その教師やアスリートや芸術家の経験や活動がなければ論じられないこともあるので、「仕事を論文にしただけじゃないか」と切って捨てることは難しいのです。
質問者さんは「社会人から大学院に行くのなら、よほどすごい新しい発見や理論があるのだろう」と期待したのかもしれませんが、社会学系など文系の修論でそこまでの「新しい」知見を書けるのは、トップレベルの大学院でも、博士課程に進んでそのまま研究者になるような、一握りの優秀な人達です。たいていは、修論レベルなら過去の知見にちょこっとのプラスアルファが述べられる程度で終わります。
そして、社会人院生の場合、何か新しい発見してやろう!というよりも、自分の仕事に学術的な裏付けをしたい、という動機で論文を書くことが多いです。そして、大学院で学んだことを自分の仕事に還元したい、という動機も強いです。
その論文が、普段の仕事をまとめたことであっても、きちんろアカデミックな作法で書かれ、きちんとしたデータとその分析、考察、理論付けが行われていれば、それはちゃんとした論文だと言えると思います。
もちろん、ただ「仕事でやったことの報告書(レポート)」、教育関係で言えば「実践報告」では、論文とは言えません。
その論文が研究史においてどう評価されるかは、また学会・学界での評価として、少し別の話になるかと思います。その人の仕事の経験とデータを社会に(論文体裁で)公表する、ということだけでも、そこに価値を見いだす人もいるかもしれません。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>あなたが想像していた内容とは違ったのでちょっとガッカリ、といったところでしょうか。

論文のテーマがその方の昼間の仕事を取り上げていたので、
「昼間の仕事内容とは異なることを研究しているのかと思ったら、結局昼間の仕事の事を論文にしました、ってことか」
と思いました。
ただし論文自体はしっかりとした構成になっており、扱ったテーマ、および研究結果も実績に裏打ちされたものでした。

>経験に基づくデータ収集やフィールドワークを重視する分野の場合、社会人経験がそのまま論文に直結する、ということはあり得るでしょう。

ありうるんですね。

>「仕事を論文にしただけじゃないか」と切って捨てることは難しいのです。

難しいんですね。

>質問者さんは「社会人から大学院に行くのなら、よほどすごい新しい発見や理論があるのだろう」と期待したのかもしれませんが

ええ、そう思ってました。

>たいていは、修論レベルなら過去の知見にちょこっとのプラスアルファが述べられる程度で終わります。

ふうん、それでいいんですね。

>その論文が研究史においてどう評価されるかは、また学会・学界での評価として、少し別の話になるかと思います。その人の仕事の経験とデータを社会に(論文体裁で)公表する、ということだけでも、そこに価値を見いだす人もいるかもしれません。

それは、論文を書く人本人、つまり大学院生がそれに価値を見出して大学院に通う、ってことですか? それともその論文が世に出て論文を読む人の中にはその論文の価値を見出す、ということですか?
 といっても、大学院生の修士論文なんて読む人が限られますから、前者、つまり大学院生本人が価値を見出す、ってことですよね、きっと。

>そして、社会人院生の場合、何か新しい発見してやろう!というよりも、自分の仕事に学術的な裏付けをしたい、という動機で論文を書くことが多いです。そして、大学院で学んだことを自分の仕事に還元したい、という動機も強いです。

順番前後しましたが、私が本質問についてもう一歩踏み込んで問いたかったのはこの点です。またの機会に質問を致します。
その際はご回答いただければ幸いです。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2019/02/05 18:10

工学系です。

まず関与した専攻の教室で,修士で社会人入学を受け入れた経験はありませんでした。というのも,講義をほぼ毎日受けなければなりませんが,社会人のまま(長期出張・出向・有給休暇にならないまま)では受講が無理だからです。ですから,博士課程の場合のみの経験で述べておきます。
 博士課程のスクーリングは集中講義等で対処してもらえるため,講義はきちんと履修できます。そして,会社で(研究所だったとしても)仕事をして入学後3年で3編の論文を執筆して博士論文をさらにまとめることは事実上・物理的に不可能です。ですから,会社にいるうちに,現場で対処した新しい施工技術とか設計技術,さらに新しい設計法で実際に建設された構造物といった経験で,まず数編の論文をまとめられることが,入学できる条件になります。ですから,ご質問者がおっしゃるような「仕事」を「論文」にまとめたことになります。その数編を最初の2年以内に出版させます。
 でもね。論文を書くというのはたいへんな仕事です。僕は社会人から最初にもらった草稿を真っ赤にして返したことがあります。本人が書いた文章はほとんど残っていません。残ったのは図表と結論だけです。これを数回経験すると,論文を書くことができるようになります。それも勉強です。そして,そうやって作成した論文を査読者という第三者の審査員に判定してもらって合格すれば出版できます。世の中に認められた研究成果になったことになります。ここまでが準備です。
 これが終われば,そこまでの仕事で得た結論等の裏付けを科学的に分析する,あるいはさらに応用するために,数値計算や実験,もし可能なら会社にもどって現場で実際に施工してみるなどのプロセスを最後にまとめて論文にしたものを博士論文とします。このように,現場の検証というものも工学分野では必要な場合がありますので,「仕事」と「研究」を完全に分離することは,特に応用研究では不可能です。ご質問に出てくる方の修士論文もそういったものであって欲しいですが,もしかして,僕の上述の最初の数編を修士論文にしたとすれば,それは若干レベルは下がりますが,しかし,多分それを学会論文集などに投稿して受理されているのではないですか。受理された数編をまとめて修士論文にしたとすれば,その大学および教員のプライドを疑いますが,昨今はそれも学位論文として認めているようです。
 なお,米国の場合は PhD の学生のパフォーマンスが悪い場合に,修士をやるから出て行ってくれということはありますが,No.5 さんのご回答にあるような残念賞で修士を与えるというのを,日本の僕の分野では聞いたことはありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

理系の論文評価についてよく分かりました
ちなみに本質問における大学院生の在籍学科は社会科学系統です
自然科学系統ではないので、誰かがその論文の通りになぞっても全く同じ結果が得られるとは限りません。そんな内容です。もっといえばその学生本人に向かって
「その論文は本当に正しいのか? 今から同じことをもう一遍やってみろ」
と言っても全く同じ結果が出せるかどうかは微妙ですね。
(というか、全く同じ条件で再実験の機会を与えることも不可能ですから、自然科学系とは違って社会科学系統の評価って難しいですね)

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2019/02/05 16:00

文面見る限り、その修士論文には価値がないとあなたは見ているようですが。

書かれている内容だけからでは、その見方が正しいかどうかは判断つきません。

学位論文で最も重要なのは学問的な意義です。それが仕事かどうかは関係ありません。社会人院生が普段の仕事の中で得たデータについて解析しているのと、そうでない院生が実験室で研究のためだけに費やした時間の中で得られたデータについて解析しているのと、どちらが偉いわけでもありません。

なお、博士論文ならばともかく修士論文だと、努力賞・残念賞としての学位授与もあります。それなりに頑張った、しかし見込み違いや不運のせいで有意義なデータが得られなかった、そんな場合も修士号なら取らせてもらえます。大事なのはちゃんと研究に挑んだ、本人が学識と経験値を積んだ、ということです。もちろんここでも、仕事かどうかは関係ありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>文面見る限り、その修士論文には価値がないとあなたは見ているようですが。書かれている内容だけからでは、その見方が正しいかどうかは判断つきません。

おっしゃるとおりです。この修士論文に対する私の感想など、アマゾンの読者レビューの百万分の一の価値もないことは承知しております。

>学位論文で最も重要なのは学問的な意義です。それが仕事かどうかは関係ありません。社会人院生が普段の仕事の中で得たデータについて解析しているのと、そうでない院生が実験室で研究のためだけに費やした時間の中で得られたデータについて解析しているのと、どちらが偉いわけでもありません。

優劣はないわけですね。

>なお、博士論文ならばともかく修士論文だと、努力賞・残念賞としての学位授与もあります。(略)もちろんここでも、仕事かどうかは関係ありません。

なるほど、残念賞の意味合いもあるわけですね。わかりました。

この人が「大学院で学んで修士論文を書いた」と聞いて、
「昼間の仕事で十分すぎるぐらい忙しいにもかかわらず、大学院にまで通って勉強するなんて感心だなあ。一体どんな新しい発見、新しい理論について論文を書いたんだろう。興味あるな」
と思って読んだものの、
「これは自分の仕事の過程、結果を論文にしてあるだけじゃないか。
 ふうん、自分の仕事で何をしたか、をテーマにすれば修士論文になるんだね」
と思ったので質問したわけです。

まあ、それについてはこれ以上書くと、貴殿のご回答に対してお言葉を返す形になるため、遠慮しておきます。(十分長く書きましたけど。笑)

また別の機会に新たな質問として投稿しますのでご縁がありましたらご回答いただけたら幸いです。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2019/02/05 13:01

修士論文の中身を専門家が見ないと「こんなもん」かどうかは判断できませんが,審査する教授陣の判定に委ねられています.



経済系の修論審査で世間にある程度有名になった事例として,「下関市大 修士論文」でネット検索すると事例が出てきます.
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

ご提示の件、ネット検索してみました。
「設置者自ら学位取得を目論む」ってへー、そんな事件があったんですね。
お手盛りで学位をもらえると思ったんでしょうかね。

ちなみに本質問の件は、この「下関市大 修士論文」とは関係ありません。念のため。
本質問の件は、その社会人大学院生の昼間の仕事が、雇い主や社会・世間からそれなりに評価される成果といえるものではありました。とはいえ、やっぱり
「これって昼間の仕事の経緯を論文体裁にしただけじゃん」
って言えば、まあそういうものですけどね。

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2019/02/05 11:35

博士課程を目指すわけでは無いのであれば、


大学院と言っても、教授も無下に単位を落としてまで面倒を見きれないこともあるため、
それなりの内容であれば、卒業させてしまう選択が取られるかと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

へー、さっさと卒業させるためにそんなことをする場合もあるんですね。
ちなみに本質問の方は修士学位を取ったら卒業したようですよ。

ご回答ありがとうございました

お礼日時:2019/02/05 11:24

学科によると思いますよ。



数学とか、生物学の修士論文だと、修士課程において、学び考えたことを纏める事のなりますが、主に社会科学系の研究科だと、社会経験を通じて得た知見を纏めるだけでも、それなりの価値があると考えられている。

社会学、商学、経営学、それに、医学や法学の分野でも経験科学としての性質を持っているので、社会経験からの論文が受け入れられるが、数学や、文学、哲学といった純粋理性系の学問は社会経験を纏めるというわけには行かない。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>学科によると思いますよ。

学科によるんですね。

>主に社会科学系の研究科だと、社会経験を通じて得た知見を纏めるだけでも、それなりの価値があると考えられている。

この質問における社会人大学院生の所属学科は、まあ、そういう系統の学科のようでしたけどね。

>社会学、商学、経営学、それに、医学や法学の分野でも経験科学としての性質を持っているので、社会経験からの論文が受け入れられる

ふうん、じゃあ、一応、それに沿った提出、および採点だったのかも知れませんね。

ご回答有難うございました。

お礼日時:2019/02/05 10:46

論文って研究成果を記したものですよね。

自分がしてる仕事は研究ではありません。
私の研究室にも社会人大学院いましたが、きちんと研究成果を上げ、論文にまとめてましたよ。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>自分がしてる仕事は研究ではありません。

なるほど、仕事は仕事であって、研究ではないんですね。
ってことは邪道な論文だったのでしょうかね?

お礼日時:2019/02/05 10:42

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