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ある教材に出ていた会話の一節です。
We have been trying for a child for so long now, so this is like a dream come true for us.
[僕たちはずっと子どもがほしくてがんばってきたから、夢みたいだよ]
この文の前半に終わり、つまりカンマの前のnowがよくわかりません。
なくても意味は同じでしょうが、ともあれ存在する以上、意味があるのでしょう。このnowはどういう意味、あるいは役割なのでしょうか?
「今まで(これまで)長いこと」という意味合いなのでしょうか? だとすると、before nowとか、何か前につかないのでしょうか?
あくまで会話文ですし、教材も会話の「息づかい」を教えようとしている場面なので、学問的にどうこうということを突き詰めたいわけではないのですが、あえてネイティブが口に出して言っている以上、そこには何らかの感情や意思が表現されているのでしょうから、そのあたりのニュアンスみたいなものをお教え願えればと思います。
(文法的に説明可能ならもちろんあわせてご教示願えればと思います)

よろしくお願い申し上げます。

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A 回答 (2件)

“for so long now”で、「(がんばってきた期間が)今ではもうすごく長くなっている」の意味です。


nowのところは、「いまでは」とか「もう」のニュアンスです。



I have lived in this country for more than ten years now.
この国に住んで、今では10年以上になる。

I have been working on this project for a couple have been working on this project for a couple of months now.
このプロジェクトに携わって、もう2ヶ月になる。

・・・のような文例と同じパターンです。
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この回答へのお礼

なるほど。よくわかりました。
確かに、“for more than ten years now”とか“for a couple of months now”と、ある程度具体的な期間が示された後のnowなら、違和感を感じませんね。“for so long now”と、あまりに漠然とした期間を表すso longが使われていたので、私の頭にはピンと来なかったようですが、用法は同じですものね。
とてもわかりやすい解説をありがとうございました。
これからもよろしくお願い申し上げます。

お礼日時:2008/08/01 08:23

now = 現時点(まで)


そして現時点でおめでた
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
でも、意味がわかりません。
「現時点(まで)」はhave been…so longが表している内容ですし、nowが特につけ加えた意味合いとは感じられません。
「そして現時点でおめでた」というのはそのとおりなのですが、それは話の流れでお互い了解済みのことではあっても、それをnow1語が示しているのでしょうか?
何となくの意味や、雰囲気がわからないわけではないのです。この話し相手が自分だったときに、What do you mean by‘now’?と聞くつもりはないのです。
ただ、話し手の意識が知りたかったのです。併せて、文法的なことがあるなら知りたいと、そういう趣旨だったのですが…。

お礼日時:2008/07/31 22:30

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Q現在完了形のjustについて

「just」 や「now」は現在完了形で使えるのに
「just now」だと使えないのはなぜですか?
あれっ?逆だったかしら?
ちなみに使えないのは絶対に使えないのでしょうか?
言っている意味分かりますか?どなたか教えてください。

Aベストアンサー

学者の間でも定説がありません。

実はこのjust nowは、本来「現在」「過去」「未来」どの時制についても用いられます.現在完了形は、過去形と比べられることが多い、言い換えれば過去形と親戚のように考えられるようですが、時制から言えば飽くまで「今現在」のことを指している。つまり”現在形や現在進行形”と仲間であることに注意してください。


以下、現在形」を視点に入れて考えます。
just now は文字通り「ちょうど今」という意味で、まさしく「今」つまり現在のことを
表す、換言すれば「現在形」で用いられるものだと考えるべきです。
1 ○I am very busy just now. 「ちょうど今忙しい」
2 ○I am taking shower just now.「ちょうど今シャワーを浴びているところだ」
3 ×I have just now finished my homework.「ちょうど宿題を終えたところだ???」 
just nowは、「完了形」、「過去形」ではなく、本来「現在進行形」「現在形」でもちいられるものなのです。
常識的に考えても、ある動作の進行中に「ちょうど今~しているところだ」と言う機会はいくらでもありそうです。しかし物事とをし終える ”その瞬間”に絶妙のタイミングで「ちょうど今~終えたところだ」と人がいう機会はそうないはずです。現在進行形
従って、「現在形」の場合(現在完了形は現在形ですよ!)、just nowは「現在進行形」で用いられることが圧倒的の普通であるため、「現在完了形」からは敬遠されることになった。その結果、(規範)文法家により、「just nowは、”現在進行形とよく用いられるが”「現在完了形」とは用いられない」という規則を生み、のち”現在進行形とよく用いられるが”の項は忘れられたのだと考える人もいます。(これは、ある文法家の考え)


2、ではjust nowは”なぜ過去形では用いられるのか”とう問題について考えます。
just,とnowについては 「過去形」、「現在完了形」、「未来形」どの時制でも用います。一方just nowは、1で述べたとおり「現在完了形」には用いません。が、過去形と未来では用いられます。I'll do that just now.「今すぐそれをします」

(以下はpaniniXXの考えです)
なぜjust nowは「過去形」で ”は”用いられるのでしょうか?
now「今」、just「ちょうど」にはある程度の「時間の範囲」が考えられそうです。
人は「今」、「ちょうど」と言う時、話し手の気持ちは、漠然と「今現在」あたりに向けられることもあるが、少し間の「過去」に関心が向けられていることもある、
しかし人が「”ちょうど”今」と絶妙のタイミングで、”その一瞬の時間”を認識する時、どうしても時間的ずれが生じざるを得ない、つまりその対象は生理的、物理的に認識の直前のこと(=過去のこと)にならざるを得ません。話し手はjusy nowという時、その関心は結果的に「ちょうど今”しがた”」=「少し前の過去」のことに向けられていることになります。そもそも「現在」という時間は、”一瞬”のことであり「その現在の瞬間」に人間が言語活動を行う余裕などありえないのはずです。それゆえjust now=a moment agoと言うことになるのだと思います。

学者の間でも定説がありません。

実はこのjust nowは、本来「現在」「過去」「未来」どの時制についても用いられます.現在完了形は、過去形と比べられることが多い、言い換えれば過去形と親戚のように考えられるようですが、時制から言えば飽くまで「今現在」のことを指している。つまり”現在形や現在進行形”と仲間であることに注意してください。


以下、現在形」を視点に入れて考えます。
just now は文字通り「ちょうど今」という意味で、まさしく「今」つまり現在のことを
表す、換言すれば「現在...続きを読む

Q不可算名詞は三単現のsをつけるのが普通ですか?

DUO3.0 No404です
The vague rumor proved to be false. Nevertheless, some skepticism lingers on.
上記の二つ目の文章の主語は【some skepticism】ですが動詞に三単現のsが付いています。不可算名詞は三単現のsをつけるのが普通ですか?
よろしくお願いいたします。(他に不可算名詞が主語になっている例文があったら紹介してください。)

Aベストアンサー

こんにちは。4/22のご質問ではお返事を有難うございました。

1.ご質問文の主語skepticismは「無神論」「懐疑論」という主義をあらわす、抽象名詞です。

2.抽象名詞は不可算名詞になります。

3.不可算名詞は数えられません。つまり、単数と同じ扱いになるのです。

4.不可算名詞が主語になる場合、三人称単数の扱いになります。従って、ご質問文の動詞には、三単現のsが付いているのです。

5.Someは「いくつかの」「いくらかの」「ある程度」といった意味を持ち、可算名詞、不可算名詞、両方を修飾することができます。

6.不可算名詞が主語になっている例文:

The sun is necessary for flowers.
「太陽は花に必要だ」
There was much snow.
「沢山雪が降った」

などがあります。
以上ご参考までに。

Qwhen~ingについて

We can't be too careful when choosing our friends.
このwhen~ingの用法が今ひとつわかりません。分詞構文なのでしょうか?よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは!

(a) We can't be too careful when choosing our friends.

はおっしゃる通り分詞構文です。分詞構文は接続詞をつけないものが多いのですが、主節との関係をはっきりさせたい場合つけることもよくあります。

We can't be too careful, choosing our friends.ですとちょっと関係が見えにくいですね。

We can't be too careful when choosing our friends.だと

(b) We can't be too careful when we choose our friends.

の意味だとはっきりします。

なお、in ~ing も「~する時には」という意味ですので、

(c) We can't be too careful in choosing our friends.とも言えます。

「友だちを選ぶときには、どんなに注意しても注意しすぎるということはない」に相当する英文として、(a) (b) (c) の形を覚えて下さいね!

こんばんは!

(a) We can't be too careful when choosing our friends.

はおっしゃる通り分詞構文です。分詞構文は接続詞をつけないものが多いのですが、主節との関係をはっきりさせたい場合つけることもよくあります。

We can't be too careful, choosing our friends.ですとちょっと関係が見えにくいですね。

We can't be too careful when choosing our friends.だと

(b) We can't be too careful when we choose our friends.

の意味だとはっきりします。

なお、in ~ing も「~する時...続きを読む

QEarth/The Earth/earth/the earthのニュアンスの違い

SF小説などを読んでいると、『Earth』と『the Earth』を適宜使い分けているように感じます。
辞書を見ると、”地球は『Earth』、ときとして『the Earth』ともいう”というような説明で
まったく釈然としません。

小説から、断片的に例文を挙げると、例えば、次のような文章があります。
(A)The comet will bring us back to Earth.
(その彗星は、われわれを地球に連れ戻してくれるでしょう)

(B)The comet appeared in the sky above the Earth every two million years.
(その彗星は、地球の上に200万年ごとに出現しました)

他の箇所もみると、『Earth』といった場合には、おおよそ
 ・われわれの故郷
 ・われわれが暮らしている場所
 ・母なる地球
などという、温かみのある訳がしっくり来るような感じです。

いっぽう、『the Earth』といった場合には、おおよそ
 ・天体としての地球
 ・太陽系の惑星のひとつとしての地球
 ・物体としての地球
などという、無機質かつ科学的な訳がしっくり来るような感じです。

この感じ方は適切でしょうか? 
無冠詞か定冠詞かで、なぜこのような肌触りのちがいが生じるのか
おもいつきません。
ご教示をお願いします。

ちなみに、小説のなかでは、小文字の『earth』、『the earth』は、でてきません。
小文字になると、大文字の場合と、またニュアンスが大きく違ってくるのでしょうか?

以上、ご教示をお願いします。

SF小説などを読んでいると、『Earth』と『the Earth』を適宜使い分けているように感じます。
辞書を見ると、”地球は『Earth』、ときとして『the Earth』ともいう”というような説明で
まったく釈然としません。

小説から、断片的に例文を挙げると、例えば、次のような文章があります。
(A)The comet will bring us back to Earth.
(その彗星は、われわれを地球に連れ戻してくれるでしょう)

(B)The comet appeared in the sky above the Earth every two million years.
(そ...続きを読む

Aベストアンサー

 確かに冠詞の有無によって受け止める感じも違ってきますね。これをしっかりと理解するためには、話し手(小説なら、主人公)の立場をよく見極める必要があります。すなわち、その時点だけの感じなのか? あるいは、時間を超えたものなのかというものです。

 これだけではわかりにくいかと思いますが、別の例を挙げてみましょう。

 たとえば、「God」と「god」の意味わかりますか? 「God]といえば、人間と違って、過去から存在し、また未来にも存在し続けるような、超越的な存在者であるという感じがあるはずです。そのような存在者は、どんな形をしているのか、その姿を見極めることは出来ないはずです。抽象的な存在者というわけです。

 つまり、「区別できない」ものには、冠詞がつかないのです。ですから、冠詞のつかない「Earth」といえば、「God」のように、永久に存在するような、その時点だけの姿でなく、愛しいというか、われわれの愛する「地球」という感じです。これに対して、宇宙船の窓から外を見て、「ああ、あそこに月が見える、そして地球も見える」というような、区別できるものには、冠詞のつく「the Earth」を使うわけです。

 なんで、「the earth」としないかというと、それでは、他にもありそうな星(地球に似た星)を含めて考えていることになり、「われわれの住んでいた、あるいはわれわれのあこがれる地球」であると、特別視した言い方にならないおそれがあるのです。つまり、神を単に「god」としては、他の神(イスラム、仏教、インドなど)の内の一つを意味して、まずいわけです。「自分にとっての神である」と思えば、「God]と大文字にしないと、「唯一の神である」という気持ちが出てこないわけです。

 ですから、主人公の立場をよく見極めて、単なる感想なのか? あるいは気持ちを込めた感想なのかを理解する必要があります。

 「the」とあったら、それは、「自分の知っている、地球である」という、目の前の判断を意味します。冠詞がついていなければ、過去から存在し、現在にも存在し、未来にも続くような、ものとかんがえるのです。「われわれの住んでいた、われわれの。。。」という感じです。質問の通りです。

 教室での説明なら、「地球」は単なる用語なので、「Earth」ということもあるでしょうね。しかし、温暖化の問題で、現在の地球を述べるのなら、「the Earth」ということもあるでしょうね。

 まとめていえば、冠詞のつく物は、話し手の現在の判断を示し、冠詞のつかない物は、話し手の判断を越えたようなものを示すと考えることが出来ます。難しいかな? 

 まあ、他にも回答が来るのでしょうから、それも見て理解してください。

 確かに冠詞の有無によって受け止める感じも違ってきますね。これをしっかりと理解するためには、話し手(小説なら、主人公)の立場をよく見極める必要があります。すなわち、その時点だけの感じなのか? あるいは、時間を超えたものなのかというものです。

 これだけではわかりにくいかと思いますが、別の例を挙げてみましょう。

 たとえば、「God」と「god」の意味わかりますか? 「God]といえば、人間と違って、過去から存在し、また未来にも存在し続けるような、超越的な存在者であるという感じが...続きを読む

Qhave not と don't have

英語の勉強をしていて、haveの使用で頭が混乱してしまったので、質問をお願いします。
have not と don't have の違いを教えて下さい。
(うまく説明できないのですが)
私はりんごをもってなない。は、
どちらを使う・・・のような感じでおしえてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

動詞の後にnotが来ることは基本的にないと考えていいと思います。(be動詞を除く)
ではdo, や have の後ろにnotが来るのはなぜかというと、この二つが動詞として使われないことがあるからです。
助動詞はご存知ですよね?その役割をします。そしてこの助動詞はnotを持ってくる場合を除いて、直後にかならず動詞がなくてはいけません。
can not, must not, should not, do not, have not

まず質問がおかしいのがわかりましたか?
have not と do not の違いなら比較のしようもありますが、
have not と do not have は比較しようにもできないのです。
なぜなら前者のhave は助動詞、後者のhave は動詞だからです。
しかし、混乱する気持ちはとてもよくわかります。
なぜなら、この助動詞としてのhaveとdoは日本語に訳せないからです。haveは完了形を作るときに、doは否定形を作るときに使う、動詞の意味を強調するときに使う。程度にしか説明できません。(辞書をみてください、すいません)

1私はリンゴを持ってない。(否定を表す時)
I do not have an apple. (do not)

2私はリンゴを食べていない(食べた事がない)。
!!意味的に変な文章ですが、あしからず!!
I have not eaten an apple. (have notの後には動詞(完了形)が来て、完了形の文章を作る)
中学英語までのみ通用することを頭においておけば、have notのこれ以外の用法はありませんと解釈してもいいと思います。
さらにつっこんだ質問があれば、補足要求してください

動詞の後にnotが来ることは基本的にないと考えていいと思います。(be動詞を除く)
ではdo, や have の後ろにnotが来るのはなぜかというと、この二つが動詞として使われないことがあるからです。
助動詞はご存知ですよね?その役割をします。そしてこの助動詞はnotを持ってくる場合を除いて、直後にかならず動詞がなくてはいけません。
can not, must not, should not, do not, have not

まず質問がおかしいのがわかりましたか?
have not と do not の違いなら比較のしようもありますが、
have not ...続きを読む

Q分詞構文で、コンマがある場合とない場合があるのは

どうしてかよくわかりません。参考書の中に、次の2つの例文が出ていました。
I walked around the town taking pictures. (コンマなし)
写真を撮りながら、私は町を散策した。

We sat up all night, talking on the phone. (コンマあり)
電話で話しながら、私たちは夜を明かした。

コンマがある場合とない場合で何か違いがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

Michel SwanのPractical English Usage(Oxforrd大学)によれば分詞構文は2つのタイプがある。

1.We sat up all night, talking on the phone.
学校で習っている構文で、talkingの主語はIになる。

2. Who's a gril dancing with your brother? 
名詞の後修飾で意味はa girl who is dancingと同じ意味となる。

上記の2文を分詞構文の基本として、文中にmy friendと入れてみる。

I walked around the town, taking my pictures.

I walked around the town with my friend, taking my pictures.
takingの主語はIのままですね。

I walked around the town taking pictures.

I walked around the town with my friend taking pictures.
上記例題2の分詞構文と同じでtaking picutureの主語はmy friendとなる。

I walked around the town with my friend who was taking picutres.
故に、カンマを省略してはいけないが、

I walked around the town taking picutures.
の場合は本来ならば、上記の解釈のようにtaking picturesの主語はtownになるべきである。しかし、町は写真など撮れないために, 主語はIでカンマが省略されているであろうと読み手が考えるだけ。

Michel SwanのPractical English Usage(Oxforrd大学)によれば分詞構文は2つのタイプがある。

1.We sat up all night, talking on the phone.
学校で習っている構文で、talkingの主語はIになる。

2. Who's a gril dancing with your brother? 
名詞の後修飾で意味はa girl who is dancingと同じ意味となる。

上記の2文を分詞構文の基本として、文中にmy friendと入れてみる。

I walked around the town, taking my pictures.

I walked around the town with my friend, taking my pictures.
takingの主語...続きを読む


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